第354話 ローズお嬢様の家庭教師

 呼びかけを聞いたローズは比較的不機嫌だったのだろう。

 何度か聞いた声よりも若干低く、早口だった。


「何よ」


 そんな彼女の声を冨岡に共有するがごとく、ダルクは扉を示して振り返る。

 いたずらをする男子中学生のような表情だ。

 おそらく、ここから冨岡の登場によってどれくらい変わるのか聞いていてほしい、ということなのだろう。


「お勉強中失礼致します。お嬢様にお会いしたいという方をお連れしたのですが、入室してもよろしいでしょうか?」

「今? 仕方がないわね。入ってもいいわよ」

「それでは」


 扉を開くダルクは背後から見ていても、楽しそうだった。

 装飾によって重量を増している扉を開くと、可愛らしい小さな背中が見える。椅子に座って、机に向かっていた。

 その隣には、燕尾服を着た若い男性が立っており、分厚い本を手に持っている。

 いかにもお嬢様と家庭教師。まさにそのものだった。

 ローズは気だるそうに机に向かいながら、背中越しに声をかける。


「一体誰よ、こんなに私が勤しんでいるというのに」


 そう言いながら振り返ったローズは、その瞳に冨岡を映した。


「トミー! トミーじゃない!」


 即座にローズは椅子を蹴るように立ち上がり、そのまま扉の方に向かって駆ける。

 冨岡は彼女を受け止める体勢で微笑んだ。


「ローズ、危ないですよ」


 そのままローズは冨岡に抱きつき、早口で捲し立てる。


「もう、来るなら来るって言っておきなさいよ。ダルクもよ。トミーが来ているならトミーだって言えばいいでしょ。レディーにはそれなりの準備があるの。いきなり来るのは失礼じゃなくて? 本当にトミーは女心がわかっていないんだから。困った人だわ」


 声だけ聞けば少し怒っているような口調だったが、その表情は御満悦でしかない。

 冨岡の背後にいたダルクだけが彼女の表情を見ており、釣られて口角を上げていた。そんなダルクにローズが「何よ」と照れながら話しかける。

 それに対してダルクは黙って首を横に振った。そんな中、冨岡がローズの言葉に答える。


「今、勉強中だったんですよね。いきなりきてすみません、ローズ。少し急ぎのお話があってお邪魔したんです」

「お話? 仕方がないわね、聞いてあげるから話してみなさい」


 明らかに嬉しそうなローズが言うと、冨岡は申し訳なさそうに家庭教師へと視線を向ける。


「いや、ローズじゃなくてあちらの家庭教師の方に」


 冨岡の言葉を聞いたローズはゆっくり振り返り、家庭教師をまじまじと眺めてから一歩離れ、自分のスカートを叩いて直した。


「もう一度聞かせてもらえるかしら。聞き間違いよね? 誰に話があるって」

「あちらの家庭教師の方に」

「もう一度」

「家庭教師の方に」

「もういいわよ! 何度も言うんじゃないの!」


 自分から聞いてきたのに理不尽だ。

 女心のわからない冨岡は、そう感じながら苦笑する。

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