第352話 趣味、スイーツ食べ歩き

 翌日、仕入れ等の業務をこなした冨岡は屋台をレボルたちに任せ、一人でキュルケース公爵邸を訪れていた。

 本来なら事前に約束を取り付け、様々な手続きを踏んで入るべき場所なのだろう。しかし冨岡が顔を出せば、公爵邸の前に立っている衛兵が即座にダルクへと話を通すようになっていた。

 常々、少々お待ちくださいという言葉の『少々』が少々ではないことが多い、と思っていたのだが、キュルケース公爵邸の『少々』は本当に少々である。

 衛兵はすぐに冨岡を公爵邸の一室へと通し、お茶と小菓子を置いた。

 冨岡がこちらの世界にも美味しい紅茶があるのだな、と感動しているうちにダルクが部屋に入ってくる。


「お待たせ致しました」


 ダルクはこれ以上ないほどお手本のようなお辞儀をすると、冨岡の向かいに座った。


「それで、今日はどのようなご用でしょうか?」


 そう尋ねられた冨岡は、手土産として持ってきていたおすすめの紅茶と焼き菓子の詰め合わせを出す。


「本題の前にこれを。お口に合えばいいのですが」

「これはこれはご丁寧に」

「お茶と焼き菓子です」

「おお、トミオカ様のお持ちくださるものは、この世のものとは思えないほど美味ですからな。旦那様方にお出しさせていただきます」


 そりゃそうだ、と冨岡は苦笑する。この世のものとは思えなくて当然だ。この世界のものではないのだから。


「公爵様やローズにも味わってもらいたいのですが、ぜひダルクさんにもと思って、小さめのやつを入れてます。個人的に楽しんでくださいよ」

「心遣い痛み入ります、これは楽しみですな。実は甘いものに目がありませんので。暇を頂いた際には、街の菓子店を巡っているくらいです」


 可愛い趣味だな、と冨岡は思わず笑みを溢す。

 趣味、スイーツ食べ歩き。いつかご一緒したいくらいだ。

 目を輝かせながら手土産を受け取ったダルクは、一呼吸置いてから「それでは」と話し始める。


「本題をお聞きいたしましょう」

「ああ、今日はお願いがありまして、その・・・・・・ヴォロンタ家のことなんです」

「ほほう、遂に学園に向けて本格的に動き出しましたか。こちらでもそろそろかと思い、ちょうどこの屋敷にお呼びしているんですよ」

「ええ!?」


 エスパーか何かなのか、この人は。

 今日、冨岡が来ることを予測してヴォロンタ家の者を呼んでいる。そんなことがあるのか、と驚く冨岡。

 するとダルクはクスクスと笑ってから首を横に振る。


「冗談でございます。トミオカ様との出会い以来、ローズお嬢様は随分素直になられまして、他の家庭教師も受け入れるようになったんですよ。そしてちょうど今日は、魔法学の勉強の日。というわけで、屋敷に居られるという話です」

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