第351話 閑話【二人の時間】
ここから先、学園を始動するために必要な人材の確認を終えた冨岡とアメリアは、今日の予定を全て終えている。
それでも二人は寝室には向かわず、向かい合って座り、紅茶を飲んでいた。
「この茶葉は香りが独特ですね。飲み慣れてくると美味しいかもしれない。初めて買ってみたけど、ストックしておこうかな」
冨岡が嬉しそうに呟くと、アメリアは「ふふっ」と笑う。
「本当にトミオカさんは紅茶が好きなんですね。紅茶のお話をしている時、とっても幸せそう」
「そうですか? まぁ、趣味みたいなものですからね。そういえばアメリアさんは、何か趣味を持ってはいないんですか?」
ここまで決して短くないは時間を過ごしてきた二人だが、子どもたちがいることや仕事と学園作りに勤しんでいたことがあり、プライベートな話をする機会はそれほどなかった。
趣味なんて出会ってすぐに問いかけても不思議ではないものである。それだけ冨岡とアメリアが特殊な状況下にある特殊な関係だということだった。
アメリアが答える。
「趣味ですか。そうですね、これまで余暇という余暇がなかったので、自分の趣味なんて持っていません。ただ、少し前にしていた刺繍の仕事は楽しかったです。使い古した針と糸をもらって、フィーネの服に刺繍を施したこともあるんですよ」
得意げに話す彼女の表情は、柔らかく自然な微笑みで心の底から楽しんでいるのだと伝わってきた。
「刺繍ですか。じゃあ、今度針と糸を仕入れてきますよ。そうだ、刺繍が好きなら編み物なんて挑戦してみてもいいんじゃないですか?」
「編み物ですか? 靴下やレースを編むんですよね。私にできるでしょうか」
「簡単ではないでしょうけど、俺の国では編み物は一般的な趣味ですよ。割と始めやすい趣味だとも思いますし、仕入れに毛糸と・・・・・・なんていうんだろう、編み棒? とテキストを追加しておきますから、やってみてくださいよ」
「いいんですか? そんなわがままを言って」
冨岡からすると、アメリアにも日々の生活を楽しんでもらいたい、と思うのは当然だ。彼女が喜んでくれることをしたい。そんな相手なのだから。
そして彼女が幸せに生きることで、子どもたちに対して幸せに生きていいんだという見本にもなる。
しかし、それはアメリアにとって『わがまま』なのだという。
そこで冨岡はわざとらしく笑って見せた。
「ほら、お試しですよ。アメリアさんが気に入ってくれるようだったら、いつか雑貨として販売してもいいし」
「で、ですよね、お試しですよね。じゃあ、遠慮なく私で試してください」
ふと冨岡は思う。
もっとアメリアが自分の欲望を言葉にしてくれないか、と。そうすれば、彼女の願いを叶えより笑顔にすることができるのに。
体を温める紅茶と穏やかな時間。独特な風味と独特な距離感。
今の二人にとってこれが精一杯の親睦なのだろう。
そして夜の闇は深く濃くなり、最も暗い時間を越え朝に向かっていった。
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