第341話 言葉の先はいつか

 冨岡は自分の勢いを殺すように、背もたれに体を預ける。

 椅子は『何してんだよ』と注意するようにギィと音を立てた。

 そもそも冨岡自身も戸惑っている。こんなタイミングで自分の感情を把握するとは思っていなかった。アメリアの問いかけに対して自然に、あまりにも自然に本心が溢れ出てしまったのである。

 多くの人を救いたい。祖父、源次郎の意思を継いで、誰かの人生を良い方向に。

 そんな思いで始めたはずなのに、気づけばアメリアに惹かれていた。人としてではなく、一人の女性として。

 自覚した途端に顔が熱くなる。冨岡が自分の頬に触れると、アメリアが首を傾げた。


「何を言おうとしたんですか?」

「本当になんでもないです。いや、なんでもないってことはないんですけど、今は控えておきます」


 冨岡が首を横に振ると、アメリアは少し唇を尖らせて問いかけを続ける。


「気になるじゃないですか。教えてください!」


 リオのことで混乱している最中にこんな話をして良いのか、と迷った挙句、冨岡は首を横に振った。


「ちょっと待ってて欲しいです。大切な気持ちなので、ちゃんと伝えたい」


 恋愛に慣れている人ならば、冨岡の表情と言葉である程度察するかもしれない。こんなもの『明日告白するから校舎裏に来てほしい』くらいバレバレである。

 しかし、これまでの人生で恋愛などしてこなかったアメリアは、察しの悪さを発揮し冨岡が何かを伝えたいけれども、今は言えないという形だけ捉え、渋々納得した。


「わかりました。言いたいことがあれば言ってくださいね? トミオカさんがここまで私によくしてくれる理由に関わるのなら、余計にです。私にできることならなんでもしますから」


 冨岡も健康な成人男子である。『なんでも』という言葉に反応しないでもなかったが、グッと堪えた。


「言うべき時になれば・・・・・・その時は聞いてほしいです」

「その時になれば」


 告白もしていないのに、緊張して心臓が強く跳ねるのを感じる冨岡。惜しいのはアメリアにその感情が伝わっていないこと。

 アメリアの察しがもう少しだけ良ければ、伝わっていただろう。

 二人は明日の準備を終えて、それぞれ部屋に戻った。

 冨岡は一人、ベッドで横になりながら、自分なりにどうにかできないものかと考える。アメリアへの告白ではない。リオの父親が魔王か否か、調べる方法だ。


「キュルケース家に依頼すれば、調べてくれるかな。いや、この国にとって伝承に残るほどの悪だった魔王の話をするわけにはいかないか」


 冨岡に対しては協力的だといっても、キュルケース家はこの国の公爵である。国の敵であった魔王に対して、良い感情を抱くわけがない。

 そんなことを考えていると次第に眠気に襲われ、冨岡は一日を終えた。

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