第337話 輪郭を持ったそれが

 リオは布に手を伸ばし、そっと頬に擦り付ける。感触を確かめるように、そっと優しく。

 最初は緊張気味に、触れていたリオだったが次第にその表情は柔らかくなっていった。

 母に抱かれた幼子のような顔で、頷くリオ。


「うん・・・・・・やっぱり俺、この布知ってる。なんか、優しくて温かくて・・・・・・安心できるのに悲しい感じ。それで・・・・・」


 朧げだった記憶に輪郭がつけられていく。彼は少しずつ、細い糸をたぐるように浮かんでくる映像を言葉にした。


「雨と風・・・・・・悲しげな男の人・・・・・・ごめんなって、いっぱい謝ってる」


 その言葉を聞いたアメリアは、リオの右手を自分の両手で包み込む。


「ゆっくりでいいの。無理はしなくてもいいですから、少しずつ教えて」

「ゴロゴロって雷が鳴ってて、ドドドドって足音がいっぱい。地面が揺れて、空を飛んだ・・・・・・ブワって」

「飛んだのはリオですか?」

「うん、俺が飛んで男の人が小さくなっていくの」


 その場の全員でリオの思い出した光景をイメージする。

 状況的には間違いなく『魔王の終焉』だろう。

 冨岡はレボルと顔を見合わせながら、考察を進めた。


「ドドドドって足音は、一体何でしょう。魔物の群れとか?」

「・・・・・・同じ状況を想像しているのなら、おそらくは国軍でしょう。人の軍勢です」


 レボルの返答を聞いた冨岡は、リオに気遣い頭の中で情報を組み立てる。

 その日に国軍が動くとすれば、相手は誰か。姿ではなく足音だけを覚えているのは何故か。

 魔王討伐のために進行する国軍。本格的な戦いが始まる直前と推測できる。


「空を飛んだんじゃなくて『飛ばされた』って考える方が自然ですよね。本来なら記憶もない頃のリオくんが、自分で飛んだって考えにくいですし」


 冨岡が呟くと同意するようにレボルは頷いた。


「そうですね。ただ、飛ばされたというより『逃がされた』でしょうか。そうなると、リオくんを逃したのは・・・・・・」


 レボルはあえて言葉を止める。わざわざ言葉にするまでもない。

 その直後、アメリアはリオを優しく抱きしめた。


「今はここまでにしましょう、リオ。一気に思い出すと混乱してしまいますから。落ち着いて、深呼吸です」


 彼女は呼吸の仕方を教えるように、自分から深呼吸をして見せた。

 リオは肩の力を抜いて、胸部を膨らませる。二人の呼吸音が重なり、リオの顔から緊張が消えていった。

 そこですかさず冨岡が口を開く。


「ホットミルクでも淹れましょうか。少し甘めにして、よく眠れるように」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る