第336話 記憶の欠片

 慌てて布で魔石を包み込むアメリア。

 それによってどんな効果があるのか、頭では分かっていても冨岡に感じ取ることはできない。

 その作業中、突然リオが「あ!」と立ち上がった。

 声に驚いた冨岡が一瞬身を震わせて問いかける。


「どうしたの、リオくん」

「俺・・・・・・その布見たことある」


 幼い彼が自分の記憶を辿るように、目を閉じた。


「えっと、えっと」


 必死に考える彼の姿を見ていると、追加で何か言葉をかけるのが憚られる。

 黙って見守っていると、リオは自分を責めるように肩を落とした。


「ごめん、俺思い出せないかもしれない」

「仕方ない、リオくんのせいじゃないよ」


 冨岡が慰めるようにリオの肩を撫でる。

 するとリオは冨岡の手を眺め、その感触を確かめるように硬直した。

 記憶とは何かと紐づくことがある。主に匂いが記憶に直結すると言われているが、他の感覚でも大切な何かであれば思い出せる。

 リオにとっては人に触れられた温かみが、記憶を引き出す鍵だった。


「そうだ・・・・・・俺、これに包まれてたんだ・・・・・・雨と風で吹き飛ばされそうな夜に・・・・・・」


 その話を聞いた大人三人は、すぐに同じ答えに辿り着く。

 リオが布に包まれ、嵐の中にいた日。それはおそらく『魔王の終焉』のことだ。今よりももっと幼かったリオが隣街の教会で拾われた日である。

 当時の記憶が残っていることにも驚くのだが、魔力を完全に覆い隠す布の記憶が『魔王の終焉』と同日のものであることが衝撃的だった。

 リオと魔王との繋がりを匂わせるには充分である。

 思わず冨岡はレボルとアメリアに視線を送った。二人の表情を眺め、自分と同じ思考に至ったことを確認すると、恐る恐るリオに話しかけた。


「リオくん、もう少し何か思い出せない?」


 もしかすれば、布の正体がわかるかもしれない、と問いかける。布の正体がわかればおのずと、魔石を超えた魔石の正体、出どころもわかるはずだ。

 

「えっと、えっと」


 悩むリオ。当然だ。そんな頃の記憶が少しでも残っていたことが奇跡なくらいである。

 そんな彼に求めすぎるのはあまりにも酷だ。

 冨岡が諦めてリオに声をかけようとすると、アメリアが無言のまま魔石を包んでいた布を開き始める。


「アメリアさん、一体何を」

「もしかすると、こうすれば何かを思い出すかもしれません」


 そう言ってアメリアは布を持って、リオの肩にかけた。

 冨岡が優しく触れたことによって記憶の欠片が蘇ったのなら、布の感触も何かきっかけになるかもしれない。

 

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