第330話 良いお父さん

 学園が完成した暁には教室となる場所。元々は礼拝堂だったそこに、ブルーノはいた。


「ブルーノさん」


 ちょうど道具を片付けている途中のブルーノに冨岡が声をかける。


「ああ、トミオカさん。作業は順調ですよ」


 かつての刺々しい雰囲気は抜け、仕事に対して真摯に向き合う職人の姿がそこにはあった。

 得意げに腕で床を指し示すブルーノ。艶のある木材が丁寧に貼られ、完成が近いのだと改めて認識する。

 職人の仕事の流れを詳しく知っているわけではないが、大抵の仕事は上から順番に行うものだ。掃除でも上から汚れを落としていって、床は最後に磨くもの。

 床が完成間近だということは、完成までそれほど遠くないのだろう。


「いい感じですね。想像通りですよ」


 冨岡の素直な感想を聞くと、ブルーノは嬉しそうに微笑んだ。


「それはよかった。ここで働けるのは本当に幸運です」

「随分慣れたみたいですね。ミルコも言ってましたよ、ブルーノさんがいて助かるって」

「そうですか・・・・・・親方が。やっぱり、木材に触れられるのが幸せですよ。アレックスにも辛い思いをさせずに済む・・・・・・」


 彼は少し申し訳なさそうな表情で言う。

 人にとって労働は生きていくためのものだけではない。それ自体が生きる目的にもなり得る。仕事を充実させることで、精神的ストレスが軽減されることも多い。

 もちろん働きすぎは逆効果どころか人間を追い詰めかねないのだが、働いていないことでストレスがかかり、自分の意思とは関係なく他人に対して当たり散らしてしまうこともある。

 少なくともブルーノにとっては、働くこと自体が自分の心を満たす要因になっていた。


「アレックスは毎日楽しそうですよ。生活とか食事よりも、ブルーノさんが明るく元気であることが嬉しいんでしょうね」

「俺には勿体無いほどの息子ですよ、ほんと」

「俺は子どもを育てた経験なんてないですけど、子どもだった経験はあります。まぁ、当たり前ですけどね。それで、子どもってのは親の背中を見て育つものです。アレックスが良い子なのは、ブルーノさんの背中を見てたからじゃないですか? 少なくとも今のブルーノさんは良いお父さんですよ」

「ありがとうございます。ずっとそうであれるように、心に刻んどきますよ」


 照れくさそうに笑うブルーノの表情を見ていれば、これから先のアレックスは大丈夫そうだ、と冨岡は頷く。


「あ、そうだ。屋台の方で夕食を用意しているので、持って帰ってくださいね」


 冨岡はブルーノにそう告げて屋台に戻った。

 既に屋台の前には職人たちの行列ができており、アメリアとフィーネ、リオがシチューを配っている。

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