第329話 それだけ

 ちょうどシチューを配り始めるタイミングで、職人たちの作業が終わったらしくミルコの号令が響いてきた。


「今日は終わりだー! 各自、キリのいいところで手を止めてくれ!」


 その声によって彼がどこにいるのかすぐにわかる。

 冨岡は一人分のシチューを持ってミルコの元に向かった。


「お疲れ様」


 冨岡が声をかけると、ミルコは腕で額の汗を拭いながら振り向く。


「ああ、トミオカさん。作業は順調だぜ。この分じゃあ、予定よりも早く上がりそうだ。キュルケース家が用意してくれた職人たちも、流石に腕がいい」


 ミルコの言葉を聞き、冨岡は安心したように微笑んだ。


「そうですか。上手くいってるなら良かったです。それより、これ。職人さんたちで食べて欲しくて作ったんですけど」

「おお、いつも悪いな。トミオカさんが食事を作ってくれるから、職人たちもやる気なんだ。この飯を食うために来てるって職人もいるくらいだよ。ありがたくいただこう」

「パンもあるので、全員屋台の前まで取りに来てください。俺にできるのはこれくらいなので」


 それ自虐的な言葉ではなかった。冨岡が職人たちに敬意を持っているが故に、そう言っただけである。

 するとミルコは軽く首を傾げて口角を上げた。


「これくらい、なんて言うもんじゃないぜ。そんなことを言ったら、俺たちなんて家を建てるくらいしかできねぇ。自分にとっては『それだけ』でも、誰かにとっては充分過ぎるほど役に立つ。そういうもんじゃねぇのかな。少なくとも俺は、この飯で明日も頑張ろうと思える。トミオカさんが作りたい学園も、それの繰り返しなんだろ? 自分にできることをして、誰かの明日を作る。まぁ、偉そうなことを言ってるけど、実のところ俺もわかってないんだがな。はっはっは」


 言いながらミルコはシチューを口に運ぶ。

 ふと冨岡は、財産だ、と思った。お金の話ではない。人との出会いが、である。

 ミルコとの出会いは、決して良いものではなかった。けれど、ミルコとの絆は良いものだと断言できる。

 学園づくり自体、自己満足でしかない。偽善なのかもしれない。それでも、肯定して協力し、背中を押してくれる彼の存在はありがたかった。

 真っ直ぐな性格と言葉だからこそ、伝わるものがある。


「ありがとう、ミルコ。じゃあ、職人さんたちに言っておいてください。俺はブルーノさんを探してきますね。アレックスが待ってますから」

「おお、そうか。ブルーノなら教室予定の場所で床を張ってるはずだ。元々クソ真面目な職人だったんだろう。手も早いし仕事も丁寧だ。ウチとしても良い職人を紹介してくれて感謝してるくらいだよ」


 ミルコと挨拶を交わした冨岡は、言われた通り教室予定の場所へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る