第324話 四人の暮らし

 これまでのリオがいたのは一歩引いた場所。いやそれどころか、何歩も離れた場所に心を置いていた。

 そんなリオが少し心を開いたと思えば、突然深くまで踏み込んでくる。子どもならではの行動だ。

 背中で会話を聞いていた冨岡は、思わずお椀を落とす。


「ウェッ!?」


 それと同時にアメリアも体を硬直させた。


「な、何言ってるんですか、リオ」

「違うの?」


 純粋な瞳で聞き返すリオ。

 フィーネも彼と一緒になって首を傾げる。


「違うの? 先生」

「もう、フィーネまで」

「でも先生、トミオカさんのこと好きでしょ?」

「え、ちょ、何言ってるんですか」

「だってフィーネも好きだもん」


 慌てるアメリアと落ち着いた様子で冨岡に好意を伝えるフィーネ。まだ幼いフィーネに微妙な愛情の違いを教えるのは難しい。ライクとラブなんて言い方をされるが、それ以外にも種類はある。恋にも愛にも人の数だけ存在しているはずだ。

 フィーネの言葉を聞いたリオは、クッキーをもうひと齧りしてから微笑む。


「俺も・・・・・・この味は好き。甘くて美味しい。それに・・・・・・俺の話を聞いても気持ち悪がらない大人は珍しいから・・・・・・」


 先ほど落としたお椀を洗い直し、拭きあげている冨岡はリオにそう言われて嬉しくなった。

 その話の中には教会関係者は含まれていないだろう。教会関係者はリオの保護者として優しく寄り添おうとする。しかし冨岡は若干の関係者でありながら、リオに対して寄り添う必要のない立場だ。

 義務感のない自然で柔らかい優しさ。

 何か言葉をかけられたわけではない。しかし、腫れ物に触るような対応ではなく、最初からそこにいて、ここが自分の居場所なんだと思えるような空気感がリオに伝わっていた。

 照れ臭くなった冨岡は、食器を片付けながらリオに話しかける。


「リオくん、これを片付けるの手伝ってくれるかい?」

「え、う、うん」


 いきなりの依頼に戸惑いながらも、リオは立ち上がって食器を受け取った。そのまま冨岡の指示で食器を棚に片付ける。


「ありがとう、リオくん。お礼にホットミルクを作ってあげよう。まだ緊張してるだろうけど、ホットミルクを飲めばよく眠れるよ」


 冨岡が優しく微笑むと、フィーネが椅子に座ったまま身を乗り出した。


「えーずるい! フィーネも何か手伝うから欲しい!」

「ははっ、じゃあフィーネちゃんは机の上を拭いてくれるかい? ほら、布巾だよ」


 ここから始まる四人の暮らし。

 そして学園づくり。

 異世界転移者冨岡と、世界的犯罪組織の末端に望まず身を置いていたアメリア。聖女の血を引くフィーネ。そして魔王と因縁深いリオ。

 いや、因縁ではない。今はまだ冨岡たちは知らずにいる。リオに受け継がれた魔王の血と能力のことを。

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