第321話 自分の居場所

 憂いを帯びたサーニャの瞳の奥には、リオへの謝罪なのか、世の中への悲しみなのか、色で表現するならば黒に近づく青のようなものが見える。

 誰かの悲しみを、彼女が明るく振る舞うことで請け負っているような様子だった。

 ともかく、リオが大人に対して一定の不信感を抱いている理由はわかる。辛い環境において、助けてくれるはずの大人が助けてくれなかった。

 またその中で拒絶や差別、迫害を受けてきたのだろう。そうでなければ、あれほど自分を物扱いされることに怯えるはずもない。


「そんなの・・・・・・リオくんには何の責任もないじゃないですか」


 思わず冨岡は言葉に出していた。

 冨岡がリオに寄り添うような言葉を吐くのには理由がある。リオへ向けられた『終焉の子』という言葉が、子どもたちから始まったものとは思えないことだ。

 そもそも『終焉の日』があった頃、子どもたちは物心ついていなかっただろう。また『終焉』という言葉を使うには、まだまだ幼い。

 大人が口にした言葉をそのまま使っている可能性が高いはずだ。

 そして、そんな状況に冨岡自身覚えがある。

 冨岡が幼いころ、自分の責任ではないことで他の子に揶揄われていた。その内容は『親がいない可哀想な子』というもの。

 祖父と二人で暮らす冨岡を、無自覚に見下し、勝手に可哀想だという目を向けてきた。

 実際に揶揄ってきたのは同年代の子どもたちだったが、言葉の発生源はその親たちである。子どもたちは良くも悪くも、大人の影響を受けて生きている。

 特に言葉は伝播しやすい。

 リオに向けられた言葉の発生源が大人たちであることは十分に考えられる。

 冨岡の言葉を聞き、真剣にリオを庇うような表情を見たサーニャは優しく、これまで以上に穏やかな笑みを浮かべた。


「・・・・・・良い男だねぇ。お腹の奥が熱くなるよ。そう思える大人が、リオには必要なんだ」


 サーニャはそう言ってから、アメリアに顔を向けて言葉を続ける。


「もちろん、アメリアもだ。アンタもトミオカさんと同じように考えるだろう?」

「当然です!」

「だからこそ、リオをここに連れてきたんだ。アメリアならリオの心を癒してくれる、そう思ってな。トミオカさんの存在は嬉しい誤算だね。この場所なら、リオが傷つくことはない。どうかよろしく頼むよ」


 締めくくりにサーニャは、リオの頭にポンポンと優しく何度か触れた。

 会話を通じて、リオにもトミオカたちがどのような人間なのか多少なりとも伝わったらしい。幼い彼の表情から少しずつ険しさが抜け始める。


「・・・・・・の?」


 ボソボソとリオが何かを問いかけた。誰に、というわけではなく全員にだろう。

 涙を我慢しているらしく、声は掠れ、その言葉を誰も聞き取れなかった。代表してアメリアが聞き返す。


「どうしたんですか、リオ」

「俺・・・・・・俺、ここにいていいの?」

「いてもいい、なんて話じゃありません。ここにいてほしい、という話です。あなたには立派な名前があるのですから、他の呼び名は必要ありませんね。リオ、あなたは私たちの家族になるんです」


 太陽のように暖かい笑顔で、アメリアは両手を広げてリオを迎え入れる。照れくさそうにしながら、リオはゆっくりとアメリアの胸に近づいていった。

 心の位置など誰にもわかりはしない。けれど、もしも心が心臓にあるのだとすれば、リオはアメリアの心に限りなく近づき、そして穏やかで安心しきった笑みを浮かべる。

 ようやく見つけた自分の居場所を確かめるように。

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