第316話 リオという男の子

 既に食べ進めている鍋を食べるよう急かしたのは、子どもたちに聞かせる話ではないと判断したからだった。

 注意を受けたと認識したアメリアとサーニャは二人して「すみません」と謝り、食事に戻る。

 各々が食べたいものを聞いていただけあって、全員が満足できる食事になったようだ。食後の笑顔と空気がそれを物語っている。


「はー、食べた食べた。こんなにいいものを食べたのはどれくらいぶりだろうねぇ」


 グラスに残った日本酒の残りを飲み干してから感想を述べるサーニャ。それほどいい食材を使ったつもりはないのだが、冨岡としてはそう言われて悪い気はしない。

 調理自体の手間もそれほどかかっていないのだから、鍋という食べ物の完成度が高いことを改めて認識する冨岡。

 鍋終わりといえば締めの麺類か雑炊が定石。しかし、初めて鍋を食べる冨岡以外の者は締めのために胃の容量を残しておく、なんてことをしていなかっため、締めは食べられそうにない。

 子どもたちのために缶詰のフルーツミックスを用意して、大人たちは満腹感に浸っていた。


「酒が料理の味を引き立て、料理が酒の味を引き立てる。なるほど、相互作用とでも言うのでしょうか。最高の料理、最高の味。料理人が追求すべきものはそれぞれあるでしょうが、最高の思い出、というのも悪くはないですね」


 レボルは食べ終わった鍋の中を眺めながら、満足そうに鼻から息を吐く。

 どこまでも料理のことを考えている男だ。レボルらしい。

 アメリアはフルーツを食べるフィーネとリオに「美味しい?」と優しく見守りながら尋ねていた。その目がフルーツを欲しているように見えるのは、冨岡の気のせいだろうか。いや、後で何か甘いものを用意しよう、と冨岡はこっそり微笑む。

 そんな穏やかな時間の中で、サーニャが話を切り出した。


「さて、お腹も満たされ酒も飲んだ。そろそろ、この子について話しておこうかね」


 サーニャの視線の先には、リオがいる。

 何の話か、と問いかけそうになった冨岡だったが、確かに気になることがあったのも事実だ。

 外にいる時、リオの口から出た「俺は物じゃない」という言葉である。

 人間が物ではないことなど当然だ。それを幼い子がわざわざ言葉にするということは、物扱いされた過去があるということ。

 それについて、しっかりと聞いておかなければ、不意にリオを傷つけることになりかねない。

 

「サーニャ、それは」


 アメリアは横目でリオを見ながら、サーニャの言葉を止めようとする。

 その話をリオに聞かせてもいいのか、という心配からだ。

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