第314話 日本酒。

 サーニャに急かされ、冨岡とレボルはグラスを掲げた。

 乾杯とは元々何かを祝うためにある。それが誰かとの出会いだろうと、誰かの健康だろうと構わない。特に祝うことを考えていなくとも、前向きな気持ちであればそれでいいだろう。


「今日の出会いに」


 サーニャがそう言うと、レボルは「出会いに」と繰り返した。

 続いて冨岡も復唱する。

 心地よいガラスの音が響き、小さなグラスに注がれた日本酒を口に含んだ。揮発したアルコールが鼻に抜け、豊かな香りを残す。

 冨岡からすると馴染みのある味であり、どこか安心感があった。日本酒の原材料が米であることを思い出させる。

 一度味見をしているレボルは、その味を確かめるように頷く。

 もちろん日本酒を初めて飲んだサーニャは、一気に目を見開いた。


「ほう、これは。果実酒に負けない香りがこの酒の特徴だと思っていたけど、そうじゃないねぇ。強い酒精を感じさせないほどまろやかな口当たり。体に染み渡るような旨み。これは良いね。丁寧に作られた酒だってよくわかるよ」


 サーニャの感想を聞いた冨岡は、彼女の口に合ったことを嬉しく思う。


「それは良かった。じゃあ、食事にしましょうか。肴も自由に食べてください」


 冨岡が両手を開いて言うと、全員がスプーンで鍋を食べ始めた。

 鍋という食べ物はそれぞれ好みの食材を入れることができる。どうしても食べられないものが入っている、なんてことがない限り、苦手だという人は少ない料理だ。

 スプーンで掬った具材に息を吹きかけ、口に入れても大丈夫なように冷ますと各々口に運ぶ。

 様々な具材の旨みをそれぞれが吸収し合い、その一口で虜にするのだ。


「わぁ、美味しい」


 白菜を食べたアメリアは口に広がった出汁に感動する。


「一見大雑把なようで、完成された料理ですね。素材の美味しさを最大限まで引き出している」


 レボルは料理人として自分のスープに自信を持っていた。どれだけ素材の味を引き出すのか、それを一生の課題としている。そんな彼は鍋から何かを学ぼうと真剣だった。


「フィーネ、これも好き! キミは?」

「・・・・・・美味しい」


 火傷しないように見守られているフィーネとリオも、鍋を楽しんでくれている。

 サーニャは食べながらずっと感想を言い、息継ぎがわりに日本酒を飲んでいた。


「うん、これは」


 日本酒。


「いいね。豪華な料理ってのは、具材の多さで誤魔化していると思っていた。けれど」


 日本酒。


「組み合わせってものがあるだろう。それが、この料理は全てクリアしている」


 日本酒。

 それでは呼吸の暇もないだろう、と冨岡は苦笑した。


「サーニャさん、喋るか食べるか飲むかでいいですよ。落ち着いて食べてください」

「ついつい、感想を言いたくなるし、食べたくなるし、飲みたくなるんだよ。たまらないねぇ。こりゃあ、トミオカさん側にいたくなる。どうだい、私を娶る気はないかい?」

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