第313話 手酌と完成

 アメリアの言葉を全て理解するにはまだ若いリオ。それでも、その言葉が彼に向けられた優しさであることは伝わっただろう。

 だが、何故かリオは少しだけ俯いていた。

 その時の冨岡は、若干の疑問を残しながらも彼が照れているのだろう、と理解する。

 深く考える前にサーニャがグラスを冨岡に向けた。


「ねぇねぇトミオカさん、もう飲んでもいいかい?」

「あ、はい。そうですね、鍋はまだですけどサーニャさんとレボルさんは飲んでてください」


 冨岡が答えると、サーニャは不満そうに唇を尖らせる。ぷっくりとした色気のある唇は、視線を誘導させた。


「トミオカさんも飲めるんだろう? せっかくだから出会いに乾杯しないかい?」

「俺もですか。この後も仕込みだったり、仕入れだったりがあるので普段は飲まないんですけど」

「何言ってんのさ、これだけの人数を動かして導く男が、酒の一杯や二杯や三杯や四杯で仕事できなくなってどうするの」

「一杯と四杯は結構違いますけどね」


 苦笑する冨岡。そもそも晩酌をするタイプではないのだが、誘われた時に断るほど苦手ではない。

 それに加えてレボルが、静かに新しいグラスを用意して冨岡の前に置いた。

 酒好きの中でもこの二人は一緒に飲みたいタイプなのだと考え、冨岡は頷く。


「じゃあ、俺も飲もうかな。日本酒の瓶を取ってもらってもいいですか?」


 サーニャの近くにあった日本酒の瓶に冨岡が手を伸ばすと、彼女は目を細めて微笑んだ。


「何言ってるの、トミオカさん。こんなにいい女がいるのに手酌で飲もうってのかい? そんな色気のない話は無しだよ。ほら、グラスを持って」


 彼女に急かされた冨岡は慌ててグラスを持ち上げる。

 ゆっくりと注がれた酒は甘い香りを撒いて、アルコールを冨岡に届けた。

 飲む前から酔いそうである。


「ありがとうございます、それじゃあ乾杯しますか。と思ったんですけど、そろそろ鍋が完成する頃ですから、先にいただきますしましょう」


 冨岡は一度グラスを置いてから、鍋の蓋を開ける。

 タオル越しでも熱が伝わるほど蓋が熱くなっていた。ガスコンロの火を止めて、お玉とお椀を用意する。

 全員分をお椀に装うとそれぞれに配った。


「めちゃくちゃ熱いですから、火傷だけは注意してくださいね。それじゃあ、いただきます」


 冨岡が手を合わせると、いつも通りアメリアとフィーネも同じ動きをする。

 最近慣れてきたレボルも追いかけて手を合わせたのだが、サーニャとリオは戸惑いながら眺めていた。


「それじゃあ食べましょうか」


 冨岡が言うと、サーニャがお椀の中を嗅ぐ。


「いい匂いだねぇ。色んな材料が渾然一体となっている美味しい香りだ。鍋も楽しみだが、私はこっちだよ。ほら、トミオカさんもレボルさんもグラスを持って」

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