第311話 絆を繋ぐ鍋

 心を開いた、なんて到底言えないだろう。

 だけど、これは大きな一歩目だ。鳥が飛び立つ前に羽を広げるように、朝日が昇る前に空が白むように、これから何かが変わっていくことを予兆させる。

 アメリアは優しく微笑むとサーニャに視線を向けた。


「サーニャ、話の続きは屋台の中でしましょう。もうすぐ暗くなりますからね」

「ああ、そうだね。せっかくだからお邪魔しようかね」


 四人は屋台に入り、サーニャとリオの紹介をしたところで、レボルが手を叩く。


「これから細かい話をするってことでしょう? どうせなら食事をしながらにしませんか。円滑な会話に美味しい食材は不可欠。そうでしょう、トミオカさん」


 レボルに話を振られた冨岡は、咄嗟に頷く。


「ええ、そうですね。六人もいますから、鍋にでもしましょうか。これなら色んな食材を使えますし」


 冨岡が言うと、フィーネが不思議そうに首を傾げる。


「鍋・・・・・・鍋食べるの? フィーネ、食べ物じゃないものは食べられないよ」

「ははっ、鍋は鍋でも鍋じゃないんだ。鍋で作るから鍋って呼ばれてるだけで、そうだなぁ。具沢山なスープって感じ」


 そう説明すると、次に興味を示したのは料理人であるレボルだった。


「ほう、スープですか。それは気になる」


 続いて、サーニャが口を挟む。


「噂は聞いてるよ。ここの屋台では、食べたことないほど美味しいものが食べられるって。これは楽しみだね」


 豪快な笑みを浮かべるサーニャ。その隣でリオはフィーネの顔をまじまじと眺めていた。どう話しかければいいか、距離を測っている様子である。

 無理に大人が介入するべきではないだろう、と冨岡は鍋の説明を始めた。


「さて、それじゃあ鍋を作っていきましょう。と言っても、深く拘らなければ簡単に作れますけどね」


 言いながら冨岡は大きな土鍋とガスコンロを机の上に置く。


「まずは水を一リットル。そこに酒を大さじ三、醤油と味醂を大さじ二、便利な顆粒だしを大さじ一入れて、塩で味を整える。これが基本の鍋つゆになります。食材はそうだな」


 レシピを口にしながら冨岡は食材を物色した。


「肉と野菜、豆腐もあるな。長ネギと白菜、椎茸を入れて・・・・・・肉は豚バラがいいか」


 鍋に入れる具材を決めたところで、レボルに手渡し、切り方を説明する。

 レボルが切っている間に冨岡は、アメリアたちに問いかけた。


「鍋って何を入れても美味しくなるんですよ。何か入れたいものはありますか?」


 するとフィーネが率先して手をあげる。


「フィーネ、クッキー入れて欲しい!」

「そこまで何でもじゃないかな。甘いものはご飯の後にしようね。リオくんは何か好きな食べ物あるかな?」


 突然話が回ってきたリオは驚いた素振りを見せてから、ゆっくり口を開く。


「・・・・・・肉が好き」

「そっか、じゃあ鶏肉も入れよう。レボルさん、これも一口大にお願いします。サーニャさんも好きな食べ物を教えてください」

「え、私かい? そうだねぇ、我儘を言うなら美味しい酒と肴が欲しいところ」


 サーニャの要望を聞いた冨岡は、少し考えてから戸棚に置いておいた日本酒を取り出した。


「鍋ですから、日本酒がいいでしょうね。鍋自体が肴になるでしょうけど、日本酒に合うおつまみがあるんです。いくつか試してみましょう」

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