第310話 一歩目の困難
照れるアメリアをサーニャが宥め、本題に戻る。
「まぁまぁ、とにかくこの子について話さないとな。ほら、リオ」
リオと呼ばれた男のはサーニャに背中を押されて、斜め右に顔を逸らした。
「・・・・・・」
何も言わず、リオは拳を握る。
そんな彼に対して、アメリアが体を曲げて目線を合わせた。
「私はアメリアです。自分の口で名前を言ってくれませんか?」
「・・・・・・」
アメリアに声をかけられても、リオは何も言わない。照れている、というよりも二人の間に見えない壁があるように見えた。
この状況において一番の部外者である冨岡は、何度か話に割り込もうとして視線を右往左往させる。
「えっと」
意を決して冨岡が声を出すと、サーニャが右目だけを閉じて合図した。一般的にウインクと呼ばれるその行動を、突然自分に向けられれば動きは止まってしまう。それがサーニャほどの美人となれば効果も絶大だ。
リオと同性である冨岡が話に入れば、多少はスムーズに進むかもしれない。けれどサーニャはそれを求めてはいなかった。
時には円滑に進むよりも大切なことがある。
これから家族のように暮らしていく、となればその一歩目が多少困難である方がいいこともあるのだ。
道を選ぶというのは必ずしも楽な道を選ぶことではない。
そんなサーニャの意図を汲み取ってなのか、アメリアは更に話しかける。
「私と一緒に暮らすのは嫌ですか?」
「・・・・・・」
「それとも自分の名前が嫌いなんですか?」
「・・・・・・」
「強情ですね。それでも今日からここで暮らすことになるんです。何か話してくれませんか?」
諦めず話しかけ続けるアメリア。
リオは酸っぱいものでも食べたかのような表情を浮かべてから、勇気を振り絞るように声帯を振るわせた。
「・・・・・・るんだろ」
小さな声で主張するリオの感情は誰の鼓膜にも届かない。単純に声量の問題だ。
もう少し近くで聞いておけばよかった、と思いながらアメリアは首を傾げる。
するとリオは、音量を上げるボタンを連打したかのように大きな声で繰り返した。
「頼まれたから、俺のことを引き取るんだろ!」
どこか泣きそうな声に感じる。
幼いリオからすれば、自分が物のように扱われていると感じてしまっているのかもしれない。
冨岡は、そんなことないよ、と言いたくなる自分を抑えてアメリアの行動を見守った。
だが、アメリアの答えはあまりにも意外なものであった。
「ええ、そうです」
「ア、アメリアさん?」
思わず冨岡はアメリアの名前を口にする。
そんな制止に近い声を気にせず、アメリアは言葉を続けた。
「確かに私は、引き取るように頼まれたから引き取るんです。それは間違いありません。他の子でも同じように引き取ったでしょう」
「俺は! 俺は・・・・・・物じゃない」
リオは悲しげに吐き捨てる。
するとアメリアは、優しく微笑んでから頷いた。
「もちろんですよ。リオ、と言いましたね。リオが何を考え、今どんな気持ちなのか、私にはわかりません。その言葉に隠された本心も。でも、私が何を考えているのか、リオにもわからないですよね」
「そんなの当たり前じゃないか」
「だからこそ、ここから始めるんです。相手のことを知るためにはまず挨拶からですよ。そして教えてください。リオが何を考えているのか。何を抱えているのか。その内に私が何を考えているのか、わかるようになるはずです。確かに私はリオを引き取るように、と頼まれました。しかし、それはリオのことを軽んじているわけではありません。どのような子でも、幸せに生きられる環境を作りたい。それが私の・・・・・・いえ、私たちの願いだからです。もちろん、この場所がリオにとって幸せで大切な場所になるよう、精一杯頑張りますよ」
アメリアの言葉を聞き終えたリオは、少し俯いてから唇を尖らせる。
「俺の名前はリオだよ・・・・・・」
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