第300話 親方と

 冨岡はそんなブルーノを連れて、ミルコと三人で一度教会に向かった。

 工房を出る際、ミルコは羊皮紙のような物とペンを取り、図面を引く準備を整える。

 その後、道中ではミルコはブルーノに仕事の内容を話していた。


「つまり俺ら大工ってのは、木材の性質を深く理解してなきゃならねぇってことだ」

「木材の性質ですか? その、林業の時もそれぞれ木の種類によって道具を変えていたんですけど」

「もっと深くだ。乾燥させればどうなるのか、水分を含めばどうなるのか、木目に対してどう切るべきなのか、表面はどのような処理をするのか。考えることはいくらでもある。だが、それは頭で考えてどうにかなるもんじゃねぇ。体で覚えるもんだ。肌で木の呼吸を感じて、どのような形になるのか、それをイメージする」


 そんなミルコの言葉を、感心したように受け止めるブルーノ。


「なるほど。木のその後をイメージすること・・・・・・」

「ああ、それも俺ら大工が決めるんじゃねぇ。木のなりたい形を読み取るんだ。それ以外の形・・・・・・こっちの望む形にしてやろうとしても上手くいくはずがねぇよ。押し付けるんじゃなく、相手を考え受け入れる姿勢だ」

「なりたい形か・・・・・・」


 大工としての心得を刻み込むように繰り返す。そんなブルーノに対して、ミルコは「それは人間も同じだ」と続けた。

 その言葉の意味を一瞬で理解したブルーノは、思わず息を呑む。


「・・・・・・」

「俺は明日から・・・・・・いや、今日からお前の親方だ。対して年齢は違わないだろうし、偉そうにしたいわけでもない。だが、親という責任を持たなければならん。いいか? 家庭のことにでも、俺は口を出すぞ」

「・・・・・・はい」

「まぁ、トミオカさんがお前をここに連れてきたってことは、既に話を済ませているんだと理解している。それに・・・・・・俺も人のことは言えねぇしな。追い詰められて、今までの自分では考えられないことをしてしまう。そんな時もある。だが、守らなきゃならねぇものだけは間違えるな? 言いたいのはそれだけだ。向き合うべき存在に対して、相手のことを考え受け入れる。木に対しても、人に対してもな」


 ミルコの言葉は、強くブルーノの心臓に突き刺さった。


「その言葉・・・・・・忘れません」

「勘違いすんな。俺の言葉なんざ、忘れてもいいさ。忘れちゃならねぇのは今の気持ちだ。お前も職人ならわかるだろ? 目の前に仕事があったら、腕が疼いてたまらない感じ。そして、自分の腕で大切な家族を食わせていける喜びな。それだけは忘れるな」

「はい!」


 二人の会話を聞いていた冨岡は黙って頷く。

 唐突に漠然と、ブルーノは大丈夫だと思った。もちろん、彼を信じたい気持ちによるものでもある。しかしそれだけではない。

 人は出逢いによって変わるものだ。そして、ブルーノはミルコに出逢った。

 ミルコは家族や工房を守るために、全てを捨てて行動できる男。その善悪はこの際、置いておいて『熱い男』であることは間違いない。

 今後、ブルーノに大きく影響するだろう。

 ミルコがいれば、仕事があれば、打ち込むものがあれば、そしてアレックスがいれば大丈夫だと感じたのである。

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