第299話 父親の背中
教会の礼拝堂がなくなる。その事実をアメリアがどう受け止めるのか、冨岡が勝手に推測するわけにはいかない。
すぐに返事はできなかった。
冨岡にとって理想の学園に改修したとしても、それがアメリアにとってもそうだとは限らない。
「図面を引くのは、アメリアさんと相談してからでもいい? 俺だけでは決められないので」
冨岡が言うと、ミルコは先走っていた自分を諫めるように頷いた。
「ああ、そうだな。そりゃそうだ。でも、改修は早い方がいいだろ? 資金の目処はついてんだからな。トミオカさん、この後の予定は?」
すぐにでも図面を引きたいミルコ。冨岡の予定を確認して、教会までついてくるつもりだろう。
冨岡としても話は早い方が助かるし、ミルコとの顔合わせや今後の予定の確認を終えたブルーノを教会に連れて帰り、屋台で待っているアレックスのところまで行くつもりだった。
「夕方からちょっと予定はあるんですけど、それまでは大丈夫です。どのみち、ブルーノさんを息子のアレックスのところまで案内しなければならないですからね。屋台まで行く予定だし、ミルコも一緒にくる? そこで改修の話をアメリアさんにしてみよう」
「そうしてくれると助かるよ。ウチの工房としても、早く仕事がしたいしな。ヘルツの奴がしつこいんだよなぁ、新しい木材に触れたいっす、ってよ」
「ははっ、ミルコも大変ですね。じゃあ、そうしましょう」
次の行動を決定した冨岡は、ミルコと共に工房に戻り、入り口のところからブルーノを呼びかける。
「ブルーノさん!」
一階の作業場では、ブルーノとヘルツが肩を寄せ合って、冨岡が持ってきた大工道具を試していた。
「この持ち手、とんでもねぇっすね。滑りにくいのはもちろんとして、力が逃げないように計算し尽くされている。こっちのノコギリも! わかるっすか? 細かい歯が交互に、それも規則的に並んでるっす。これはもはや芸術品っすよ。このノコギリによって生み出された断面は・・・・・・」
話し合っている、と言うよりもヘルツがブルーノに語っている様子である。
その早口によって掻き消され、冨岡の声が聞こえていないらしい。
「まったく、ヘルツの野郎。行こうぜ、トミオカさん」
ミルコは呆れたように息を吐いて、ズカズカと作業場に向かった。
「おい、ヘルツ。新入りと話すのはいいが、周囲から声が聞こえてねぇかくらい注意しとけ。トミオカさんがブルーノを呼んでただろうが」
ヘルツに向けられたミルコの言葉で、ブルーノは立ち上がり冨岡に視線を送る。
「俺が? すまない、声が聞こえなくて」
「いいですよ。仕事の話をしてると、周りの声が聞こえなくなることだってありますよね」
冨岡が優しく首を横に振った。するとミルコは、ヘルツの肩を軽く小突く。
「お前の声がうるさくて聞こえなかったんだよ。ああ、それとブルーノ、仕事は明日からだが大丈夫か? 問題なけりゃ朝、ここに来てくれ。これから忙しくなるぜ」
「は、はい! よろしくお願いします。トミオカ・・・・・・さんもありがとうございます!」
そこには、酒を飲んで暴れていたブルーノの姿などなかった。
誠実に未来を掴もうとしているブルーノ。息子と幸せに暮らすため、働きたいと願う父親である。
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