第290話 木材を愛する男
「さてと、だ。徒弟ってことでいいんだよな? ってことは・・・・・・」
ミルコはそう確認した上で、自分の顎髭を撫で言葉を足す。
「トミオカさんもわかってると思うが、この工房はキュルケース家に支援してもらって、何とか成り立つって状態だ。本来なら新しい人材を入れる余裕なんてないんだよ。っつーわけで、キュルケース家に挨拶しなきゃならん」
同じことを考えていた冨岡は、跳ねる兎のように首を上下させた。
「ちょうど俺もそう思ってました。ただ相手は公爵家なので、簡単に人を連れていくわけにも、って感じです」
冨岡としてはミルコと二人でキュルケース家に向かいたい。そうなればブルーノを置いていくことになる。流石に一人にするわけには、そう考えているとミルコが視線を左右させてから手を上げた。
「お、そうだ。おーい!」
声は工房の一階部分、作業場に向けられており、そこでは工房の徒弟らしき若い男が木材を撫でている。
木材を撫でるってなんだろう。冨岡は自分の頭の中にツッコミを入れてみた。
確かにその若い金髪の男は、最愛の女性が相手であるかのように顔を近づけて撫でている。最も正しく表現するならば、蕩けた笑みだ。
「ヘルツ! おーい!」
再びミルコが呼びかけても、ヘルツという男は木材に頬擦りを始め、声には気づかない。
「まったく、アイツは・・・・・・ちょっと、一緒に来てもらえるか?」
ミルコは冨岡とブルーノにそう言ってから、ヘルツの元に向かう。その背後を追いかけていくと、ヘルツの声が聞こえ始めた。
「ふへへへ、いい光沢っすねぇ。ここがいいんすか? この木目がたまんねぇっす。どう加工されたいんすかぁ? へへっ、体は正直っすねぇ」
何を聞かされているのだろう、と冨岡は苦笑する。
間近で見るとヘルツの若さが際立っていた。十代半ばから後半といったところだろう。
そんなヘルツに足早に歩み寄ったミルコは、拳の裏でコツンと彼の頭を小突く。
「うわっ、親方。何するんすか!」
小突かれたヘルツが不満を述べると、ミルコは呆れたようにため息を漏らした。
「呼んだのに返事しねぇからだ。客人が来てるんだから、茶くらい用意しようと思わねぇのか?」
「俺の仕事は木材を愛でることっす。関係ないことはしたくねぇっすよ」
「関係なくねぇよ。お前が木材を愛でられるのも、この工房があるからで。この工房があるのはこの人のおかげなんだよ。ってか、お前の仕事は木材を愛でることじゃねぇよ。木材を加工して建物立てることだ」
「それもこれも愛っす! 木材と俺との愛の結晶が家なだけっす!」
ヘルツの言葉を聞いたミルコは再び深い息を吐く。
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