第291話 木材に愛されし
「すまねぇな、トミオカさん。職人ってのは変人が多いんだ。ほら、ヘルツ挨拶しろ」
「うっす! ヘルツっす。木材を愛し、木材に愛された男とは俺のことっすね」
自分に親指を向けて得意げに語る彼の姿には、清々しささえ感じた。
「どうも、冨岡です。こっちはブルーノさん。よろしくね」
冨岡が名乗るとヘルツは木材から離れて、興味の視線を向ける。
「ほほぉ、この人がっすか」
ヘルツが自分のことを知っていた、と驚き冨岡はミルコに問いかけた。
「え、俺の話をしていたんですか?」
冨岡の話をするということは、ミルコ自身の罪も話さなければならない。自分を親方と慕う徒弟にそんな話をしたのだろうか。そういった驚きだった。
するとミルコは自分の頬を掻きながら答える。
「今更、自分のことを聖者だなんて主張する気はねぇさ。この工房が消えちまうかもしれねぇって話だったんだ。まだまだ若造だがヘルツくらい仕事に命をかけてるやつもいねぇし、全て話すべきだろうと思って話してるよ。まぁ、俺としては愛想を尽かしても仕方ねぇと考えてたんだがな」
ミルコの言葉に続き、ヘルツは思い切り身を乗り出し口を開いた。
「この工房がなくなったら、もう木材に触れなくなるっすもん。俺だって木材に触れなくなるくらいなら、罪くらい犯すっすよ」
「え?」
ヘルツの発言に冨岡が硬直すると、彼はカラカラと笑う。
「冗談っすよ」
「お前が言うと冗談に聞こえねぇんだよ」
ミルコは呆れたように吐き捨てた。ヘルツはミルコの反応など気にせず、話を続ける。
「だから尊敬したくらいっすよ。工房や家族、そして木材を守るために罪を犯せるなんて、すごいじゃないっすか。って被害者かつ恩人の前で言うべきじゃないっすね。はっはっは」
「別に木材を守ろうとしたわけじゃねぇよ」
ヘルツの勢いはミルコでも手に負えないようだ。
彼の思考に若干どころではない危険さを感じつつ、冨岡は苦笑する。
「木材を愛しすぎるとこうなるんだ。いや、この人が特殊すぎるだけか。まぁ、もう話してるのなら進行がスムーズで助かりますね」
冨岡が言うとミルコは頷いた。
「ああ、そうだそうだ。おい、ちょっと公爵様のところに行ってくるからよ、ブルーノに工房の説明でもしておいてやってくれ」
ミルコの言葉はヘルツ向けられた指示である。
まだ戸惑っているブルーノが手早く自己紹介を済ませると、冨岡はミルコと一緒に工房を出た。
ブルーノの自己紹介に便乗して、冨岡が元の世界から持ってきた大工道具を見せると、ヘルツが涎を垂らし「これで木材ちゃんをツルツルにしてあげられるっす」などと述べていたのは、記憶から抹消してもいいだろう。
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