第275話 腹一杯

 簡単な言葉での説明だったが故に、ブルーノの思考を乱す。

 

「工房の危機だった上に家族の生活がかかってて、貴族が絡んでたんかい! いや、そんなわけねぇだろ。え、ねぇよな? 常識的に考えてそんな奇跡が起こるはずないよな。大工工房だぞ? 入り口の狭さは画家工房と肩を並べるほどだ。それが本当なら、俺じゃなくても大工になりたいってやつは多いだろうよ」


 コメディのようなツッコミをしつつ、首を横に振るブルーノ。

 しかし、全ては真実。起こった後の奇跡は奇跡足り得ないものだ。

 ここまで話していて冨岡は、これ以上の問答を続けても同じ話の繰り返しになってしまう、と判断して深く呼吸する。


「ふぅ、まぁどれだけ説明しても信じられないことは信じられないですよね。よし、じゃあ明日一緒にミルコの所に行きましょう。ちょうど俺もミルコに用事があったので」


 冨岡の言う用事とは工房との契約だ。当たり前だがついでに行うようなことではない。

 それはさておき、戸惑っているブルーノ相手に話を進める冨岡。


「話が進めば信じないわけにはいかなくなるだろうしね。さて、この話が本当かどうかわからないうちは、俺との約束が発生していないから、今日はアレックスを教会に泊めてもいいですか? 酒を飲んでしまうかもしれないですし」

「こんな話を聞いた後に酒を飲めるほど豪胆じゃねぇよ・・・・・・いや、そうだな。俺は今日のメシすら用意してやれねぇ・・・・・・頼むわ」

「ありがとうございます、明日の朝迎えにきますね」


 自分でも急展開だと感じる冨岡。よくブルーノが納得したなぁ、と思う所だが、あまりの話すぎて思考が追いついていないせいである。

 一度話を終わらせてゆっくり考えたい。そう考えるのは極めて自然だ。

 最終的に不足していた情報をレボルが間に立って補足する。

 教会の位置、明日の朝という漠然とした時間ではなく目安、見て分かる範囲でのアレックスの健康状態、栄養失調の危険性。

 話を聞くうちにブルーノは、全ての話が真実であると考え始め、自分がアレックスを殺す寸前であったと気づく。


「そうか・・・・・・あの、アレックスに・・・・・・今夜だけでも腹一杯・・・・・・いや、なんでもねぇ」

「大丈夫ですよ。教会にはアレックスと同じくらいの子がいるんです。血は繋がっていないけれど、その子を育てる優しい女性も。お腹いっぱい食べて、ゆっくり寝てもらいますよ。もちろん『明日からはお父さんがそうしてくれる』って説明しながらね」

「すまねぇ」


 駆け足で話を終わらせ、冨岡とレボルはブルーノを残して屋台に戻った。

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