第274話 複雑なそんなこんな

 失いかけた言葉を何とか手に取って吐き出すブルーノ。

 いきなりそんなことを言われれば、そうなるのも無理はない。

 ここまでの話でわかるように、工房というものはそれぞれ伝統と矜持を持ち合わせた、ある種神聖なものである。自分で工房を持つことは職人たちの最終的な野望と言ってもいい。

 十代半ばから親方に弟子入りし、徒弟として何年も修行。それこそ最初の数年は雑用しかできないものだ。

 その後、徐々に自分の仕事が増えていき、確固たる技術を得てようやく自分の工房を持つことができる。

 そんな工房を、目の前の若造が持っていると言うのだ。簡単に信じられるはずもない。

 ましてや、目の前の若造は飲食店を経営してるという。

 片手間で持てるほど工房は軽いものではないのだ。


「大工工房を持ってるって・・・・・・そんなわけねぇだろ! 馬鹿にしてるのか? わざわざ俺の話を聞いて、希望を持たすような真似をして、ふざけてるとしか思えねぇだろ。大工工房はこの街にも数軒しかない、嘘でも口にしていいもんじゃねぇんだ」


 ブルーノはそう言葉を返した。

 人は戸惑うと口調が荒れがちである。例えば自分の悪事をあっさり暴いてきた相手に、強い口調で返答してしまう人もいるだろう。動揺とは普段の自分を崩し、その状況に対して不適切な態度を取らせてしまうものだ。

 真偽を疑われた冨岡は、確かにいきなりこんな話をしても信じられないよな、と思い苦笑いを浮かべる。


「まぁ、そう思いますよね。俺も突然こんなことを言われたら信じないかもしれないです。けど、本当に持ってるんですよ。説明すると長くなるというか、複雑になっちゃうんですけど、ミルコって人の工房を俺が管理することになったんです」


 冨岡の言葉を聞いたブルーノは一瞬体を硬直させ、首を横に振った。


「ミルコ・・・・・・いやいや、そんなはずねぇ。確かにミルコって大工がいるのは知ってるよ。林業の取引先は大工工房だからな。ミルコの工房にも木材を卸したことはある。直接の面識はねぇが、ミルコが職人気質の強い男だってには聞いてるよ。他人が自分の工房に介入してくるのを嫌う性格なはずだ。それこそ工房の危機だったり、家族の生活がかかってたりしなけりゃあけ渡すことはない。いやその上、貴族様が絡んでるなんてことがなければ、そんなことは起きない」


 まるで事情を知っていたのではないか、と思うほどブルーノの『もしも』は正しい。


「あ、えっと、その通りです」

「は?」

「だから、ブルーノさんが言ったように工房の危機だった上に家族の生活がかかってて、貴族が絡んでたんですよ。その結果、俺が工房を・・・・・・って結局説明しちゃいましたね。まぁ、そんなこんなで、大工工房で働いてみませんか?」

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