第273話 将を射んとするならば将を射よ

「大丈夫って、トミオカさん。ブルーノさんを移動販売『ピース』で雇うってことでしょうか?」


 レボルに問いかけられ、冨岡は優しく微笑む。


「それでもいいんですけど、今からブルーノさんに料理を覚えてもらったり、接客に慣れてもらったりするのは難しいでしょう。本人も飲食業を望んではいないですしね」


 言いながら冨岡は、ブルーノに視線を送った。

 先ほど本人が話していたように、これまでブルーノは林業一筋で生きてきている。木だけを触ってきた男が、今更違う仕事をするのは難しいだろう。

 それは本人の意思だけが問題ではない。冨岡が元いた世界ならば、何歳からでも転職をすることは可能だ。しかし、ここは異世界である。

 仕事を選ぶ自由はほとんどないと言っても過言ではない。貴族の子はそのまま貴族に、大工の子はそのまま大工になる。そんな世界だ。

 だったら冨岡が移動販売『ピース』に誘った時に、贅沢なことなど言わず雇われればいい。そう思う人もいるだろう。しかし、職人には譲れぬ矜持がある。

 また、望まぬ仕事を押し付けたとして、ブルーノの心を救えるだろうか。

 ブルーノ自身が立ち直れる状況でないと意味がない。

 そんな思考の元、冨岡はブルーノに提案する。


「ブルーノさん、林業とはまた別の仕事だとわかった上で提案させてください。大工をしてみるつもりはありませんか?」

「だ、大工?」

「ええ、大工です。決して同じ職種とは言えないだろうけど、木材加工の技術は活かされる・・・・・・のかな? そこに自信はないけど、全く関係性のない仕事よりはマシじゃないですか?」


 そう問いかけられたブルーノは、不安そうな表情を浮かべる。


「大工ってそりゃ、木に触れる仕事なら・・・・・・けどよぉ、大工はそれこそ若い頃に工房の徒弟にでもなってねぇと就けねぇ職業だ。転職で大工に、なんて聞いたこともねぇよ。俺みてぇな歳の奴を雇う工房なんてありはしない」


 通常ならばブルーノの言うとおりだ。これは職業の『在り方』の話である。一生を費やし、一つの技術を磨くのが普通とされていた。

 またそれぞれの工房は、強い意志と矜持を持ち合わせている。例えば大金を積まれても、望まぬ人材を雇いはしないだろう。

 新しい雇用を決められるのは、工房のオーナーだけだ。

 ブルーノと同じ意見を持ったレボルが再び首を傾げる。


「トミオカさん、流石に大工工房は厳しいのでは? 特別なツテでもなければ・・・・・・もしかして、大工工房にツテを?」


 そんなレボルの言葉に、冨岡は首を横に振った。


「いえ、ツテは持ってません。ただ、大工工房は持ってます」

「は?」

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