第269話 記憶の牢獄

「はぁ、はぁ、ただいま戻りました。外まで話が聞こえてましたよ」


 アレックスを屋台に連れて行っていたレボルが戻ってきたのである。

 額の汗と荒い息が、可能な限り急いで帰ってきたことを物語っていた。

 当然、冨岡の身を案じ急いだレボルだが、一番の理由は冨岡が熱くなりすぎ話が拗れないように、である。

 移動販売『ピース』の従業員であるレボルは、冨岡を雇い主として以上に人間として尊敬していた。その志の高さと、困っている人を助けたいという揺るぎない信念に惚れ、雇われることを決めた。

 若さゆえの勢いを尊重しつつも、その熱意による暴走を危惧してもいる。

 アレックスの現状を知った冨岡が、ブルーノの話に納得できない可能性は高い。

 レボルはそんな冨岡を止めるのが自分の役割だと理解していた。


「ふぅ・・・・・・トミオカさん、人は正論だけでは生きていない。それを正しいと思っていなくても、そうしてしまうことがあるんです。弱いと切り捨てるのは簡単です。悪だと断じるのは容易です。しかし、相手の弱さを理解しなければ、救えないこともあるんですよ」


 冨岡のそう語ったレボルは、そのままブルーノに視線を向ける。


「全ての話を聞いていたわけではないですが、アレックスへの愛情とそれに反する行動についての話でしょう? 私もそこに違和感を抱いていました。どうしてそのような行動を取ってしまうのか・・・・・・私にも覚えがありますよ。私は妻と子を亡くしています。二人の面影が忘れられなかった私は、妻に似ている女性を見る度に目で追いかけていた。我が子に似ている子を見かける度に涙が溢れそうだった。そして、面影を感じた人が幸せそうに笑っていると、どうしようもない怒りが湧いてきたんです。どうして妻と子が死ななければならなかったのか・・・・・・どうして他の人は幸せそうに笑っているのか」


 話しながらレボルは、心臓を鷲掴みにされているような苦しい表情を浮かべていた。

 さらに彼の話は続く。


「その怒りを言葉や行動に移すことはなかったですが、その感情を抱くこと自体が正しいとは言えないでしょう。それでも私は、その怒りを抱かなければその場に崩れ消えてしまいそうだった。自分を守るための『正しくない八つ当たり』です。もちろん、私とは状況が違うでしょうけど、貴方のそれも八つ当たりじゃないんですか? 許されず、正しくないとわかっていながら自分の心を保つための」


 八つ当たりなど須く正しくない。そんなことはわかっている。

 それでもそうしてしまうのは、人間の弱さだ。弱さだと言っても許されることはないだろう。

 だがアレックスの望みを叶え、その上で救うためには理解するしかない。


「八つ当たり・・・・・・アレックスに」


 冨岡はこれまでの情報を含めて推測する。ブルーノが何故、アレックスに八つ当たりをするのか。

 レボルのように過去に囚われているとしたら。


「アレックスの顔が・・・・・・出ていった奥さんに似ているから・・・・・・?」

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