第268話 二律背反
そう吐き捨てたブルーノは、世界中の全てを恨んでいるような目をしていた。
働こうにも働けない、働けたとしても生活できるほどの賃金ではない。冨岡はそんな生活を想像するが、現実味は感じられなかった。国の助成もなく、ないものはないという状況。
それがどれほど苦しく、辛いものなのか体験していない冨岡にわかるはずもない。
ここまでの話で十分なほど、ブルーノの辛い過去は聞いた。けれど、それがアレックスに対して辛く当たる免罪符になるとは思えない。
「俺には想像もできないほど辛い生活だったんでしょうね」
「なんだ、勝手にキレた次は同情か? 随分と自分勝手で上からだなぁ、テメェは」
「ええ、俺は何も知らず噂話に踊らされて、怒りを露わにしていた愚か者でしょう。けど、二つだけ確かなことがあります。一つはアレックスはブルーノさんを明確に恐れていること。二つ目は今のアレックスが栄養失調で、いつ倒れてもおかしくないこと。それについて、聞かせてもらえませんか。貴方の口から聞かないと、何が真実かわからないことがわかりましたから」
ブルーノに同情する気持ちはある。だが、何よりもまだ一人で生きていけないアレックスの現状を見過ごせない感情が強い。
それを怒りに昇華するためには、全てを知らなければならないと冨岡は判断したのだった。
「だから言ってんだろ。たまーにクソみてぇな賃金で働こうが、ガキを食わせていくには足りねぇよ。どうしようもねぇんだ」
「それじゃあ、その酒はどうしたんですか? アレックスの腕にある痣は何ですか?」
「酒ぐれぇ飲まないとやってられねぇんだよ! 俺がたまにでも仕事してねぇと、とっくにあのガキも死んでるんだ。酒くらい飲ませろって話だ。そんな中、腹が減った腹が減ったと泣き喚くんだ、黙らせるには力づくで教えるしかねぇだろ。金がねぇことを理解してねぇんだからよ」
その言葉を聞いた瞬間、冨岡は吐き気がするような違和感を覚えた。
アレックスを気遣う反面、横暴な権利と権力を主張するブルーノ。まるで二人の人間と交互に話しているようである。
とは言ったものの、どちらも明らかにブルーノの人格。乖離しているのは人格ではなく、言葉そのものなのだろう。
彼の中に二つの意見が存在しているような感覚だった。
「何ですか、それ・・・・・・そんな理由で・・・・・・俺は親になったことなんてないですけど、俺を育ててくれた人は多分、自分の食べる分を削ってでも食べさせてくれたはずです。それを押し付けるつもりはないですけど、少なくとも暴力は許されるものではないですよ。何がブルーノさんをそこまでさせるんですか? 愛情を見せたと思えば、恐怖を与えるほど凶暴性を見せる・・・・・・愛憎がどちらも存在している理由は何ですか?」
「何もわかんねぇくせに俺を語るんじゃねぇよ!」
冨岡の言葉に対して、答えようとはせずに弾き返すブルーノ。
どう切り崩そうか、と冨岡が思案し始めると勢いよく扉が開いた。
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