第257話 悪くないです!

 使い古された例えをするならば百カラットの輝きを持つ笑顔。

 両親がいなくても、今が幸せだというフィーネの言葉。そこには一切の嘘はない。

 純粋な問いに純粋な答え。それは大人がどれほど取り繕った言葉をかけるよりも、純粋な心を動かすものだ。

 アレックスは自分に痛みと悲しみを植え付けている痣を触り、何かを決心したように冨岡とアメリアを見上げる。


「あの・・・・・・」


 幼い男の子が勇気を振り絞ろうとしている瞬間。

 今が好機だ、と踏み込みたくなるところだが、冨岡はグッと堪えて冷静に聞き返した。


「どうしたんだい?」

「あの・・・・・・あのね」

「ゆっくりでいいよ。大丈夫、俺たちはちゃんと聞いているよ」

「うん・・・・・・あのね、僕・・・・・・お父さんが大好きなんだ。大好きなんだよ・・・・・・」


 必死に父親への愛を語るアレックスの姿に冨岡は、思わず涙ぐみそうになる。だが自分でもその感情を説明できない。しかし胸がつっかえたように苦しく、呼吸が止まりそうだった。

 自分が必要以上に反応することでアレックスが話せなくなるのを防ぐため、冨岡は優しく相槌を打つ。


「そうなんだね」

「うん、お母さんがいた頃は本当に優しかったの。お父さんが抱きしめてくれた時の温かさを、まだ覚えてるくらい。お母さんはね、お父さんは弱い人だから仕方ないって言ってたんだけど、違うんだよ。お父さんは強いんだ・・・・・・誰よりも強くて・・・・・・でも・・・・・・」


 アレックスの目から大粒の涙が溢れた。

 考えてみれば、この小さな体で抱えきれないほどの悲しみを抱えていたのである。一度言葉にしてしまえば、涙も釣られて出てくるのも無理はない。

 思わずアメリアは、ポケットのハンカチで彼の涙を拭う。


「ごめ、ごめんなさい。泣いてしまって、うぐっ、ごめんなさい」


 泣くことすら謝罪してしまうアレックス。

 アメリアは優しく首を横に振った。


「いいんですよ。泣きたい時は泣きましょう。悪いことでも恥ずかしいことでもありません」


 アメリアの言葉を聞いたアレックスは、下唇を噛んで鼻水を啜る。


「ありがどう、ごべんね。ごべんなざい。こんなにお父さんのこと大好きなのに、嫌だって思う時があるの。僕が悪い子だから、お父さんは僕を怒ってくれるのに、僕は痛いのやだな、って思うの。苦しいのやだなって思うの」

「どうして悪い子なんですか?」


 問いかけるアメリア。

 するとアレックスは、止まり始めていた涙を再び流し始めた。


「僕が・・・・・・僕が、お父さんに『ギャンブルしないで』なんて言うから。お腹すいたなんて贅沢なこと言うから。僕が・・・・・・お母さんと一緒に暮らしたいなんて言うから。僕が悪いの」

「悪くないです!」


 アレックスの言葉を聞いたアメリアは彼を強く抱きしめながら、これまでに聞いたことのないほどの声量で言い切る。

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