第256話 幼い純粋さ

 口にした問いかけは、冨岡にとっても心苦しいものだった。

 確信しながらも『間違いであってくれ』という矛盾に近しい感情を抱えている。

 そんな問いかけに対して男の子は、体を硬直させ顔に驚きを貼り付けたまま両肩を震わせた。


「ち、違うよ・・・・・・これは・・・・・・その、転んだんだ!」

「そうか、俺は君の言葉を信じるよ。いきなりこんなことを言ってごめんな。失礼なことを言ってしまったね」


 男の子が『違う』と主張する以上、追求するわけにはいかない。

 彼にとって何が大切なのか、冨岡が決めつけていいものではなかった。

 そもそも『男の子が父親に殴られている』という話自体、冨岡の考えすぎだという可能性もある。それでも何もできない歯痒さが冨岡を襲った。

 当然、冨岡の背後で二人の会話を聞いていたアメリアも同じ感情に陥る。

 いや、アメリアの歯痒さの方が大きいかもしれない。教会が力を持っていた頃ならば、男の子を救えたかもしれないからだ。

 教会の持っていた力が『白の創世』による悪事の副産物だとしても、こんな思いをせずに済む。おかしな話だ。

 善意のまま悪事の末端にいることを肯定するわけではない。ただ、男の子を救えない今を心苦しく思うあまり『たられば』が発生していた。

 大人二人が男の子を見送るしかできない中、颯爽と重い空気を切り裂いた者がいる。


「名前教えて?」


 そう男の子に問いかけたのはフィーネだった。

 突然名前を尋ねられた男の子は、戸惑いながらも同年代のフィーネに名乗る。


「あ、アレックス・・・・・・だよ」

「アレックス! フィーネはフィーネだよ。今度は一緒にご飯食べようね」


 満面の笑みで誘うフィーネ。その笑顔に釣られ、アレックスも少しだけ口角を上げた。


「あ・・・・・・うん」

「トミオカさんの作るご飯は美味しいよ! フィーネ、パンケーキとか大好き」

「パンケーキ?」

「甘くてふわふわしてて美味しいんだ。あとね、あとね、ミソシルも好き」


 フィーネの美味しい笑顔は、アレックスの凍えた心を温める。

 

「いつか僕も食べてみたいなぁ」

「いつでもおいでよ。いいよね? 先生、トミオカさん」

「え? その二人はフィーネのお父さんとお母さんじゃないの?」


 アレックスはフィーネの呼び方が気になり問いかけた。

 彼の言葉に動揺する冨岡とアメリアをよそに、フィーネは首を横に振る。


「うん、違うよ。先生は先生だし、トミオカさんはトミオカさん」

「お父さんとお母さんはいないの?」


 幼い純粋さ故の質問。大人ならばそんなに直接的な言葉を遣うことはないだろう。

 しかし、フィーネは気にしていない様子で頷いた。


「うん、フィーネにはいないよ」

「それって・・・・・・寂しくない? 悲しくない?」


 フィーネとアレックスの会話を聞いている大人が割って入ろうか、と思うほどの言葉である。下手をするとフィーネが心に傷を負いかけない。

 だがフィーネは笑顔のまま答える。


「全然! フィーネは楽しいよ。毎日楽しいし、お腹いっぱいで幸せだよ」

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