第251話 現実は『現実的』

「あ、そうだ。俺の故郷から酒を仕入れたんですよ。料理人としても酒好きとしても試飲してもらいたくて」


 酒という単語を聞いた途端、レボルの目の色が変わる。


「ほほう、酒ですか? 私としては是非とも屋台を引かせていただきたかったのですが、オーナーがそこまで言うのであれば、心を痛めながら屋台の中で待機いたしましょう。また、仕事ではないということですが、私は依頼を断れない性格。心を痛めながら酒の試飲を請け負いましょう」


 絶対嘘だ。痛めるのは心じゃなくて肝臓だろう。

 やけに早口だったレボルに心の中でコメントしながら、冨岡は苦笑した。

 ともかくアメリア、フィーネ、レボルを乗せた屋台を引き、貧民街に向かう。

 屋台が建ち並ぶ大通りを抜け、教会とは正反対の方角に進んだ所にあるのが工房地帯。文字通り、様々な工房が集まる地域である。

 わかりやすくいえば工業地帯のようなものだ。ただし、現代の工業地帯とは違い環境への配慮などという概念はなく、廃棄物はそのまま土に埋めるという処理を行なっている。

 当然、騒音などの対策はされておらず、それ以外にも様々な問題のある場所だ。

 少なくとも人が住めるような場所ではない。

 そのすぐ近くに貧民街はあった。

 

「ここが貧民街ですか」


 埃っぽい空気を感じながら冨岡が言う。

 冨岡の視線の先にはずらっと古い木造建築が並び、大きな道を作っていた。薄暗く、空気の悪い通りである。

 それだけ聞けば廃墟のように思えるが、人々が行き交い『街』の形を成していた。広場に近しい大通りと違うのは、人々の表情に活気がないこと。

 足取りは重く、俯き、どこに向かうのかわからないような目をしている。明日への希望どころか、今日を生きているという実感すら持っていない顔だ。

 だが歩いている人はまだマシと言えるだろう。道の所々に座り込んでいる人がおり、虚空を覗き込んでいた。

 老若男女様々な人が住む貧民街。住民たちの共通点は手足の細さ。また、ほとんどの者が頬を削ぎ落としたような顔をしており、明らかに栄養不足であるとわかる。

 アメリアから貧民街の話を聞いていた冨岡だったが、想像していたよりも現実は『現実的』であると知り、息を呑んだ。

 自分の想像する『貧しさ』を遥かに超えた環境。

 それは簡単に言葉で形容できるものではない。


「・・・・・・栄養不足なんて言ってる場合じゃない。基本的に食料が足りてなさすぎるんだ。同じ国、同じ街、同じ人間でこんなに差が・・・・・・とにかく食料の支援・・・・・・あとは安定した仕事を」


 残酷な現実を目の当たりにした冨岡は、反射的に何ができるのかを考え始めていた。

 その瞬間、少し離れた場所で座り込んでいた男の子が立ち上がる。


「あ! ハンバーガーの屋台だ!」

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