第243話 確執と和解
魚に限らず、多くの生鮮食品は冷蔵もしくは冷凍保存をしていなければ、腐敗が進みやすい。
しっかりとした保存をし、専門家が定めた期間内に食せば、ほぼ安全と言えるだろう。
易しい言葉で腐敗について説明をした冨岡は、さらにこう続けた。
「おそらく、過去にこの教会で扱った魚は腐敗したもので間違いないでしょう。魚を見たことがないほど、海から離れているこの街で魚は高価になるはずじゃないですか。輸送費が増されますからね。それを安価で売る理由は一つです。もう腐敗していたから・・・・・・海の近くで消費しきれなかった魚を買い付けたはいいものの、保存方法を知らずに腐敗させた販売業者が処理するために、と言ったところでしょうか」
悪徳業者に騙された、というのが魚によって多くの子どもたちが苦しんだ事件の原因だろう。
トラウマの原因の原因。それを暴き、今目の前にある魚が安全だと話したところで、アメリアの苦い思い出が消えることはない。
推測ではあるが、一番可能性の高い説を述べた冨岡は最後に言う。
「そうは言ってもトラウマなんてものは、原因を開明したところでどうにかなるものではないです。アメリアさんが食べたくないものを食べる必要はありませんよ。俺が知って欲しかったのは、食べ物の腐敗とその危険性です。保存方法と保存期間は大切って話ですね」
冨岡の話を聞き終えたアメリアは、下唇を浅く噛み意を決したような表情でフォークを握った。
「保存方法と期間。私たちも食べ物を扱っていますから、大切なことですね。それを知っていれば、業者に騙されることもなくなります。魚を嫌厭せずフィーネにも食べさせてあげることができる・・・・・・えい!」
彼女は自分自身を鼓舞するように声を出し、アジの身をフォークで刺し口に運ぶ。
「アメリアさん、無理しなくても」
止める冨岡の言葉を聞き終える前に、アメリアはアジを咀嚼し飲み込んだ。
「美味しい・・・・・・こんなにも美味しかったんですね、魚って。肉よりも柔らかく、旨みが凝縮されていて、口に中に広がっていきます」
嬉しそうに感想を述べるアメリア。
冨岡は彼女を気遣い「大丈夫ですか、食べても」と声をかける。
するとアメリアは優しく口角を上げた。
「ふふっ、食べ物を扱う仕事をしているのに、過去に固執して選択肢を減らすなんて良くないと思ったんですよ。何故あんなことが起きたのかも分かりましたし、必要以上に恐れることなんてないですから。それにこのままじゃあ、私だけが魚を食べられないんじゃなく、フィーネまで食べられなくなるじゃないですか」
「アメリアさん」
「食べてみればこんなに美味しいものですしね。もっと色んな人に知ってもらいたいくらいです」
そう言いながらアメリアは魚をもう一口食べる。
魚側は不和など感じていないだろうが、アメリアと魚は和解したと考えて良さそうだ。
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