第242話 生臭い思い出

 パンの荷下ろしと、屋台の開店準備を終えた三人は同時に食卓を囲む。

 焼き魚の香ばしい匂いで満たされた空間。それは富岡にとって懐かしく、穏やかな気持ちになれるものだった。まさに幸せの匂い。

 焼き魚の奥には味噌の芳しさが隠れており、ここが異世界だということを忘れさせるほど、日本的な空間になっている。

 これぞ和食、と言ってもいい。


「それじゃあ、食べましょうか。いただきます」


 冨岡がそう言って手を合わせた。もう慣れたもので、アメリアとフィーネも手をあわせる。

 教会の敷地内ということもあり、アメリアたちの『いただきます』は、神に祈りを捧げているようにしか見えない。

 

「いただきます!」

「いただきます」


 当然ながら冨岡は箸なのだが、アメリアたちにはフォークとスプーンを渡してある。

 フォークを持ち、食卓に視線を送ったアメリアは目を大きく見開き、戸惑いの声を漏らした。


「これって・・・・・・まさか、魚ですか?」


 明らかに驚いているアメリアに対し、フィーネはスプーンで味噌汁を掬いながら元気よく言う。


「アジっていうんだよ、先生。美味しいからアジなんだよね、トミオカさん」


 冨岡が微笑んで「そうだよ」と答えた。

 しかしアメリアは、二人の言葉など聞こえていない様子でアジを見つめている。


「どうしたんですか、アメリアさん。魚が珍しいから?」


 そう冨岡が問いかけると、彼女はハッとしたように顔を上げて申し訳なさそうに口を開いた。


「その・・・・・・」

「もしかして、魚が苦手とか?」

「いえ、そうじゃないんです。ただ・・・・・・えっと、もちろんトミオカさんのことを信じてはいます。その前提で聞いてくださいね」


 堅実な前置きをしてからアメリアは話し始める。


「数年前、まだこの教会が機能していた頃に、魚を仕入れたことがあったんです。この街に住むほとんどの人が、魚を口にしたことはなかったのですが、その美味しさは伝え聞いていました。そんな魚が驚くほどの安値で手に入る。千載一遇の機会を得た、料理人たちが仕入れたそうです。嬉々として調理し、子どもたちに食べさせたのですが・・・・・・多くの子どもが体調を崩し、寝込む事態に・・・・・・」


 さらにアメリアは情報を付け足す。

 その当時、教会で働いている全ての人間が、魚に対して何の知識もなかった。その結果、魚が腐っていることに気づかなかったらしい。

 魚とは生臭いものだという話は聞いていたため、腐敗臭との区別がつかなかったのだ。

 基準となる生臭さを知らないのだから無理もない。

 その一件から、アメリアは魚に対して恐怖心を抱いてしまっていたと言う。

 そんなことを聞いてしまっては、無理に勧めることなどできない。

 冨岡は優しく微笑んで頭を下げる。


「すみません、知らなかったとはいえ嫌なことを思い出させて。無理に食べなくても良いですからね。余ったら俺が食べます。ただ、知ってほしいことがあって」

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