第240話 季節に合わぬ雪

 五歳のフィーネにとって、ネギよりも豆腐が舌に合ったのだろう。

 自分も子どもの頃そうだったな、と冨岡は微笑んだ。

 フィーネの要望通り豆腐の味噌汁を作りつつ、冨岡は大根を三分の一に切る。もちろん大根おろし用だ。

 様々な調理器具を用意した屋台の中には、安全に大根おろしを作れる『安全便利おろし器』もある。部品を変更することで、細かなスライスもできる優れものだ。

 安全ホルダーという部品が付属されており、小さな子どもが使っても手を削ることにはならない。本格的なレストランを営むのであれば、使い手の技量によって味が左右されるような道具を使うのが好ましいのだろう。しかし、こういった誰が使っても均一な仕上がりになる道具は、一般家庭の食卓を豊かにする最高の発明品だ。

 冨岡は『安全便利おろし器』と皮を剥いた大根をフィーネに渡す。


「じゃあ、フィーネちゃんにも手伝ってもらおうかな。これをこうして・・・・・・」


 安全に使えるよう、丁寧に使用方法を教える。

 どれだけ安全に配慮された道具だと言っても、万が一ということはあるはずだ。フィーネがそれを使っている間、冨岡が目を離すことはない。


「どう、できる?」


 冨岡が問いかけると、フィーネはこれまでに見たことがないほど真剣な表情で頷く。


「うん、できる!」

「手がこのギザギザのところに当たらないよう気をつけてね。ゆっくりでいいから、少しずつ擦り付けるんだ」

「こうして・・・・・・」


 安全ホルダーで掴んだ大根を前後させていく内に、下の受け皿にはおろされた大根が溜まっていく。

 水分を含んだ雪のように降り積もり、大根独特の匂いを撒き散らした。

 しばらく作業をしていたフィーネだが、幼い彼女にとって重労働だったのか腕がプルプルと痙攣し始める。その反応を見逃さなかった冨岡は、優しく安全ホルダーに手をかけた。


「うん、いい感じだ。ありがとう、フィーネちゃん。助かったよ」


 想定していた量の半分程度だったが、無理をさせるわけにはいかない。

 また、ここから冨岡が残りの大根をおろすようなことがあれば、フィーネに『しっかりとお手伝いをした』という認識を与えられないかもしれない。

 そう考えた冨岡は、この量でも大丈夫だろうと判断し、元々この量で良かったんだと微笑む。

 冨岡の判断は功を奏し、フィーネは達成感たっぷりの笑みを浮かべた。


「フィーネできた!」

「うん、完璧だよ」

「役に立った?」

「めちゃくちゃ助かったよ。おかげでもう朝ごはんが完成するよ」


 フィーネにそう返答してから冨岡は、アメリアの言葉を思い出す。


「あ、そうだ。アメリアさんが先に食べててもいいよって言ってたんだけど、どうする? 先に食べててもいいし、そろそろ帰ってくるような気もするんだ」

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