第239話 アジの味
触ってみると、うっすら濡れており冷気を感じる。
その装いから、明らかに生鮮食品を梱包しているとわかった。
「生モノなんて頼んでないはずだけど・・・・・・」
呟きながら冨岡が発泡スチロールの箱を開けると、一気に生魚の匂いが広がる。
「え? 本当に魚だ」
頼んだ覚えのない生魚。どこからどう見ても生魚。
ざっと見た限り、アジが五尾と保存用の氷が入っている。
「アジ・・・・・・なんで美作さんはアジを? 食材類で頼んだのはハンバーガーの材料と酒類だけだったはずだけど・・・・・・」
今、一番ほしいものが目の前にあることを不思議に思う冨岡。頼んでいないのに、欲しているものを買ってきた美作が何を考えていたのか。それは知りようもないことだが、冨岡は冗談のようにこう呟く。
「この街で手に入りにくい食材の一つ、それが生魚・・・・・・まるで俺が生魚を欲すると知っていたみたいだな。いや、そんなわけないか」
考えすぎだろう、と自分自身のことを鼻で笑い飛ばし、冨岡はアジを取り出した。
「じゃあ、朝ごはんは焼き魚にしよう。立派なアジだから塩で焼けばそれだけで美味しいはずだよ」
冨岡がそう言うと、フィーネはまじまじとアジを見つめる。
「これが魚?」
不思議なものを見る目で問いかけるフィーネ。
「そうだよ。アジって言うんだ。味がいいからアジって名前がついているなんて話もあるくらいの魚だよ」
「フィーネ、魚初めて見た! なんかピカピカしてるね」
「ははっ、そうだね。水族館でアジの群れを見た時、俺も綺麗だなと思ったよ」
「スイゾクカン?」
「ううん、何でもないよ。じゃあ、俺は魚の下拵えをするから、フィーネちゃんも手伝ってくれるかい?」
「うん、手伝う!」
フィーネという補助を得た冨岡は、まずアジの下拵えをする。
「よし、まずは鱗からだな」
源次郎が魚を好んでいたことで、冨岡にも調理の機会があり簡単な下拵えくらいならばお手の物だ。
包丁の刃で細かく撫でるように動かし、鱗を取っていく。
それが終わると、尾から腹にかけて棘のようなものが連なっている『ぜいご』を取る。この時、身まで削がないように注意しなければならない。
「よし、じゃあ次は頭を落として、っと」
頭を落としたアジの腹を開き、内臓を取り出す。
焼き魚はシンプルな料理が故に、下拵えの丁寧さが味に直結するものだ。食べる相手のことを考え、丁寧に処理をすると全体に塩をまぶし、グリルに入れ火をつける。
あとは焼き加減を見ながらしっかり火を通せばいい。
「アジはこれでいいな。じゃあ、次は味噌汁を作ろう。フィーネちゃん、豆腐とネギどっちがいい?」
これまで何度か味噌汁を食卓に並べてきたので、フィーネにも豆腐やネギはわかる。
問いかけられたフィーネは少し考えてから「豆腐!」と元気よく答えた。
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