第213話 二つの契約

 キュルケース家は名前を貸すだけ。それ以外は何もない。

 もしもミルコがキュルケース家の名前を傷つけるようなことがあれば、冨岡が責任を取る。

 冨岡自身がするべきは、ミルコの行動に責任を持つことだ。

 他人を救うという行動には責任が生じるのだと、冨岡は改めて感じる。

 自分で責任を持てないのであれば、そもそもミルコを救うべきではない。他人に頼るべきではない。


「そりゃそうですよね。ってことだけど、ミルコはそれでいい?」


 公爵家の名前を借りる重みを冨岡よりも理解しているミルコは、あまりにもあっさりした問いかけに驚きを隠なかった。


「え? お、俺に聞くのか? アンタ次第というか、俺に決定権はないだろう」


 そんな戸惑うミルコにダルクが微笑みかける。


「トミオカ様は『覚悟はあるのか』とミルコさんに問いかけているのですよ。何かあれば貴方を救おうとしたトミオカ様に迷惑がかかる。その重みに耐えながら、生きていくことはできますか? 一度全てを失い、復帰の機会を得たのです。貴方に二度目はありません」


 言ってしまえば、ミルコにとって冨岡は恩人だ。ここから先、失敗すれば自分や家族だけではなく恩人をも巻き添えに沈んでいく。


「・・・・・・そうだな。すまない・・・・・・俺は無意識に大きな決断と覚悟を避けていた。罪人として裁かれるべき俺に、ここまで手を差し伸ばしてくれた男に迷惑はかけない。トミオカ・・・・・・いや、トミオカさん。これからアンタをオーナーと呼ばせてくれ」

「ははっ、トミオカでいいですよ。それじゃあ、これから先はくれぐれも平和にお願いしますよ」

「ああ、約束する。もう二度と悪事に手を染めない。二度と家族を悲しませるようなことはしない」


 こうして冨岡とミルコは約束の握手を交わした。

 二人の話がまとまったところで、タイミングを見計らっていたダルクが言葉を挟む。


「それでは細かな契約などは明日にでも、キュルケース邸にて。旦那様へは私が話を通しておきます。トミオカ様も同席していただきたいのですが、ご予定はいかがでしょうか?」

「えーっと、今から従業員を雇おうとしてて、明日はまだ見ぬ新人さんに仕事を教えなければと思っていたんですよね。ミルコだけでどうにかならないですか?」

「工房の契約ですので、キュルケース家側はミルコさんだけでも問題ありませんよ。そうなれば、また違う機会にお二人で工房の経営権譲渡の契約をお願いします」


 本来ならば、工房の経営者を冨岡に変えてからキュルケース家との契約を行うつもりだったダルク。冨岡の都合を聞き、急遽キュルケース家との契約を先にすることにした。

 そこに大きな違いはない。どちらが先か、というだけの話である。

 冨岡が「わかりました」と答えると、ダルクは話を先に進めた。


「それでは工房の経営権がトミオカ様に渡り次第、仕事を割り振るという形でよろしいですか?」


 その問いかけに対し、予想外にもミルコは首を横に振った。

 

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