第214話 住処

「いや、工房を復帰させるのなら最初にしたい仕事がある。全ての契約が終わってから、どうしてもしたい仕事だ」


 誰がどう考えても、今のミルコに仕事を選ぶ権利などない。罪に問われないだけでも御の字、公爵家の名前を借りて仕事をできるなど大喝采ものである。

 だがミルコの表情はふざけているようにも、駄々を捏ねているようにも見えなかった。

 大工として、職人として、矜持を持った男の顔。

 それを感じた冨岡はミルコに問いかける。


「どうしたんですか? もしかして、やり残した仕事があるとか? 職人としてやり残しが許せない気持ちは想像できないわけではないけど、公爵家の名前を借りた上に無償なんです。まずは公爵家の仕事を」


 その言葉の途中、ミルコが右手を前に出して止めた。


「いや、やり残した仕事じゃない。だが、俺にとっては大工人生を懸けて挑まなきゃならない仕事なんだ。もちろん、それを終えたからって大工を辞めるわけじゃないが、その仕事だけは俺の意思で請け負わせてほしい」

「請け負わせてほしいって俺に言われても、俺は大工仕事なんか持って来れませんよ?」

「そんなことはないさ、アンタから受けなければならない仕事だ、オーナー」


 ミルコが何を言っているのか分からず、戸惑う冨岡。

 するとミルコは、口角を右側だけ上げて話を続ける。


「さっきの話・・・・・・アンタにとって大切な建物なんだろ?」

「さっきの話?」

「教会だよ、街の外れにある教会。今はこんなだが工房を持つ親方として大工をしてたんだ、話し振りで建物に対する思い入れくらい分かるさ。それに聞いたことがある。あの教会を買い取った女がいるってな。それがあの娘だろ? ここで働いてたあの娘が教会を買い取った。その為に借金をし、ジルホークから脅されてた・・・・・・違うかい?」


 おそらくミルコはバルメディ家の話をしている時、その考えに行き着いたのだろう。

 少し『知っていた』ことと、今『推測した』ことを複合させれば答えに辿り着くのは難しくない。

 ここまで知っている相手に隠すことなどできず、冨岡は肯定の意思を示す。


「よく分かりましたね。そうです、あの教会はアメリアさんが買い取ったものですよ。アメリアさんにとって大切な場所だから、俺にとっても大切な場所です」

「なら、俺にとっても大切にしなければならない場所だ。恩人の居場所だからな。それに大工工房のオーナーがいつ崩れるかも分からない建物に住んでるわけにはいかないだろう。施工の腕を疑われる」


 ミルコはそう言ってから「公爵家としても」とダルクに顔を向けた。


「懇意にしている人間がボロボロの建物に住んでいるのは気になるでしょう?」

「旦那様は気にしま・・・・・・いや、そういうことですか、なるほど。確かに世間体がよろしくありませんね」


 その言葉はダルクなりの優しさである。

 キュルケース家当主のホースは、住んでいる建物で冨岡に対する評価を変えないだろう。

 そんなことは分かっていた。これは冨岡が遠慮しないでいいように、というダルクの配慮。

 公爵家からの指示だ、とすれば断る理由はない。

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