第212話 親、子、孫

 ダルクが話している内容を短くまとめると『ミルコはキュルケース家の庇護下で工房を営むべきだということ』である。そうすればバルメディ家から手出しされることもない。

 またキュルケース家の名前を出せば、信用に足る工房として仕事は舞い込んでくるだろう。

 それを理解した上で冨岡は詳細を確認する。


「名前を冠するだけ、って『キュルケース家』の名前は安くないでしょう。仕事が多くてもミルコの取り分が少なければ、結局生活できないなんてことになりませんか?」

「そうですね。公爵家の名前はそうそう安くはない。当然でしょう、どれだけ金を出そうとも手に入らないもの。値段のつけられないものです。安売りするわけにはいきませんね。本来であれば旦那様の絶大な信頼と、普通の工房では支払えないくらいの対価が必要です」

「やっぱり、それじゃあミルコが」


 冨岡が食い気味に言葉を挟むと、さらにダルクが声を被せた。


「というわけで、トミオカ様」

「はい?」

「トミオカ様がミルコさんを雇ってください。キュルケース家はトミオカ様に名前をお貸しします。もちろん、無償で」


 つまり、親会社としてキュルケース家があり、その下に子会社の冨岡。更に孫会社としてミルコの工房を置くというのである。


「俺がミルコを?」

「ええ。旦那様はトミオカ様に絶大の信頼を置いております。名前をお貸しするのに何の問題もないでしょう」

「間に俺を挟む必要があるってことですね。仕事はちゃんと貰えるんですか?」

「キュルケース家が請け負っている公共工事の数は、工房一つでこなしきれないほどです。その頭にミルコさんの工房を置き、その他の工房を取り仕切って貰えば問題ないでしょう。お抱えの工房が貧窮しているとなれば公爵家の恥。満足のいく収入は約束しますよ」


 キュルケース家側からすれば、冨岡は手放したくない人材だ。

 ミルコの工房を支えるための仲介として冨岡を据えておけば、関係が途切れることがない。

 冨岡は無料より高いものはない、という言葉を思い出していた。ダルクは『無償』と言っているが、冨岡は名前を借りる代わりにキュルケース家に対し文字通り『借り』を作ったことになる。

 だが、冨岡もキュルケース家との関係は持ち続けていたい。それが策略だとしても問題はないだろう。

 互いにとって得のある話だ。

 また、ミルコの工房を立て直すのにこれ以上の策はない。

 

「ダルクさんの話をありがたく受けるとして、俺は何をすればいいんですか? 大工なんて全くの門外漢ですよ」


 冨岡がそう話すと、ダルクは薄く笑みを浮かべる。


「言ってしまえば、トミオカ様はミルコさんのオーナーになっていただくだけです。そちら側の運営に関して、キュルケース家は関知しません。ただし、キュルケース家の名前に泥を塗るようなことがなければ・・・・・・ですが」

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