第207話 ミルコ失業までの

 二人きりになった冨岡は、二人きり独特の気まずさを感じつつミルコに話しかける。


「そういえば、ジルホークに仕事を奪われたって話・・・・・・詳しく聞かせてもらいたいんだけど、いいかな?」


 ジルホークがミルコに対してどのような行動を起こしたのか、一応の確認だ。

 ミルコは少し言葉に詰まってから答える。


「あ、ああ。説明するには少し長くなるが・・・・・・俺は元々大工だった。二十年の修行を終え、ようやく自分の工房を持ったばかりだったんだよ。修行先からいくつか顧客を紹介されていたとはいえ、いきなり大きく稼ぐなんてことできるわけがない。そんな俺にとんでもない幸運が舞い込んできたんだ。それは貴族様からの依頼。ちょっとした倉庫を建てるって仕事だが、上手くこなせば次の仕事に繋がるだろう? 考えるまでもなく、俺は飛びついた。弟子を総動員して、工房全員でその仕事に取り掛かった。だが・・・・・・」

「上手くいかなかった?」

「いや、仕事自体は上手くいってたさ。倉庫だって俺の大工人生一番の出来だったし、納期だって遅れてない。しかし、貴族様はあれがダメだ、これがダメだと難癖をつけてきたんだ。どれも図面通り・・・・・・事前の打ち合わせ通り、依頼通りの内容だった。それなのに・・・・・・」


 言った言わないという水掛け論だったのだろう。

 証拠が残っていない以上、雇われた側が弱いのは当然だ。

 そこで冨岡の頭には疑問符が浮かぶ。


「それって契約書を交わしてないんですか? 書面に残しておけば、難癖をつけられることもないでしょう」

「当然、契約書は交わしていたさ・・・・・・だが、アンタも庶民ならわかるだろう。どれだけ証拠が揃っていても、貴族様の気まぐれに勝ることはない。そうだろ? 俺たちは何がどうあっても逆らうわけにはいかない」


 貴族社会の歪みそのもの、といったところだろうか。証拠よりも貴族の言葉。善と悪ではなく、貴族かそれ以外か。

 貴族が善として扱われる以上、生まれた時点で貴族家の血を引いていなければ悪。

 その感覚が冨岡にはどうしても納得できない。理解は出来ても納得などできるはずもなかった。

 気持ち悪さを感じながらも冨岡は推測する。


「それじゃあ、その貴族ってのがバルメディ家ってこと?」


 ミルコに難癖をつけて職を奪ったのがバルメディ家。そう考えれば話の流れはスムーズだ。

 しかし、ミルコは首を横に振る。


「いや、俺に仕事を出したのは違う家だ。その仕事に全てを懸けていた俺は、一気に仕事を失った。それでも工房が潰れるようなことはないさ。組合から回ってくる仕事をこなしてれば、まぁ食うには困らない。だが、信用を失った俺は焦って甘い話に飛びついた。それがバルメディ家の仕事だったんだ。ちょっとした土木工事だが、信頼を回復させるには・・・・・・そう思って仕事を受けた。前の仕事と違って丁寧な指示を出してくれてな。俺は安心・・・・・・いや、油断していた。徐々に現場指揮まで全てバメルディ家が取り始めたんだよ。気づけば、俺の工房は乗っ取られ・・・・・・俺は全てを失う。笑えるだろ、その瞬間まで気づきもしなかったんだからな」

「そうして職を失い、生きていくために屋台襲撃を引き受けたんですね。金のためではなく、家族のために」

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