第204話 背後の名前
強めに言われた男は意外そうな表情で戸惑った。
「こんな状況になってまで・・・・・・アンタは俺に金貨二枚払うって言うのか?」
男からすれば、罪に問わない代わりに情報を吐き出せ、と言われても仕方ない状況である。
冨岡が金貨二枚を払う必要などなく、キュルケース公爵家の威光だけで男は、家族を守るために全てを話すはずだ。
「ええ、約束は約束です。金貨二枚は払いますよ。状況によってはキュルケース公爵様に俺から口利きしてもいい。金だけで解決できない状態ならば、ですけど」
冨岡がそう話すと男の表情は一気に明るくなる。
「ほ、本当か! 俺はアンタだけじゃなく、お嬢ちゃんにも酷いことを言ったってのに」
「それについてはしっかり怒ってますけどね。まぁ、ともかく事情を話してください。一体誰に雇われているんですか?」
「あ、ああ、俺に話を持ちかけてきたのはドレッサード商会だ。この屋台を潰せ、と命じられた」
「ドレッサード商会?」
当然、冨岡がドレッサード商会を知るはずもなく、ゴルザードに向けて言葉を繰り返した。
「ああ、トミオカ様は他国出身でしたね。ドレッサード商会はこの街最大の商会ですよ。傘下の店も多く、飲食店も含まれていますね。確かにドレッサード商会からすると、トミオカ様の屋台は・・・・・・その」
「邪魔ってことですか。まったく、商人なら商売で戦ってほしいもんですね。暴力で叩き潰すなんて、ありえませんよね」
「このように言ってはなんですが、よくある話です。そのために商店は商会の傘下に属するのですよ。または、貴族家の名を借りるか・・・・・・数の力には敵いませんからね」
ゴルザードは申し訳なさそうに答える。
それを聞いた冨岡は、自分の考えが甘すぎたのかもしれない、と胸のざらつきを感じた。
相手が傭兵だったとはいえ、ここは簡単に刺される世界。
そうでなくても商売は過酷かつ非常なものである。ライバル企業の商品を真似することも、印象操作をすることもありえる。
冨岡は下唇を噛んでから、一度全てを受け入れた。
「なるほど。じゃあ、そのドレッサード商会がウチの屋台を潰そうとアンタ、ええっと?」
今更ながら男の名前を聞いていなかった、と冨岡は問いかけ気味に言葉を止める。
すると男は、大きな体を縮こまらせて「あ、俺はミルコだ」と名乗った。
「ミルコに襲撃を依頼したってことかな」
冨岡がそう続けると、ゴルザードが言葉を挟む。
「先ほどの話を聞く限り、依頼という雰囲気でもないかと思います。おそらくは脅迫でしょう。推察するに相手はある程度の権力者・・・・・・家族というミルコの弱点を突く鞭と、金貨という飴。何ともわかりやすい、悪しき手法ですね。中途半端な権力者の考えそうなことです」
「権力者か・・・・・・どうなんですか?」
ゴルザードの話を踏まえ、冨岡はミルコに確認した。
するとミルコは静かに頷いてから口を開く。
「俺を脅してきたのはドレッサード商会だが、いくら大きな商会だからってそれほどの権力はねぇ。俺だって、その程度の奴らに従うこともねぇさ。ただ、奴らの背後には・・・・・・バルメディって子爵がいる。断れば家族がどうなるか・・・・・・なんて言われりゃ断ることなんてできるわけがねぇ」
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