第201話 聖女の奇跡再び
その問いに男はしばし沈黙した。
冨岡からすると事実確認でしかないのだが、男にとっては『自分の弱み』を握ろうとしている可能性が考えられる。
家族に手出しされれば金貨二枚の話など関係なく、冨岡の手先にならなければならない。
背後に公爵家がいるならば余計だ。
男は額に冷や汗を浮かべ、困惑の沼に飲み込まれる。
そんな男の心情など簡単に察せるはずもなく、冨岡は無意識に男を追い詰めた。
「どうなんですか? 家族のために、こんなことを?」
「俺は・・・・・・俺は・・・・・・」
この時、冨岡は想像できていなかった。
家族のためにこのような罪を犯す男。それを操る雇い主。その二者の間にどのような契約が交わされているのか、考えればわかるはずである。
金貨一枚という金額が罪を犯す見返りとして見合っていない違和感。それを冨岡が理解するのは数秒後の話であった。
「俺は・・・・・・くそ!」
男はそう叫んですぐ、腰に用意していたナイフを手に取る。
先日、ナイフで刺されたばかりの冨岡は咄嗟に『刺される』と警戒し、両手を前に突き出した。
しかし、男がナイフの刃先を向けたのは自分の喉元。考えることを破棄し、自分の死を持って全てを終わらせようと考えたのであった。
「ちょっ!」
慌てて男の手を押さえようとする冨岡だったが、先ほどの一瞬の怯みがあった所為で届かない。
自分が男を追い詰めてしまった、と冨岡が判断し後悔した所でもう遅かった。
「くそ! やめろ!」
その瞬間、背後から緑色の光が溢れ、冨岡の体を追い越す。
「え?」
思わず冨岡は声を漏らした。その光に見覚えがあったからである。見覚えどころではない、身に覚えがあった。
ナイフで刺された時に、自分の命を救ってくれた光。まさにそれだった。
その光は冨岡の体を追い越した後に、ナイフすらも越え、男の喉元に光の層を作り出す。
一番分かりやすい言葉で伝えるならば男の首周りに『バリア』が発生していた。
バリアはナイフを拒絶し、男の手から男の命を救う。
冨岡が慌てて振り返ると、先ほどまで怯えていたフィーネがその小さな手を男に向かって突き出していた。
「フィーネちゃん・・・・・・」
「トミオカさんがダメって言ったらダメだよ」
どうやらフィーネは冨岡の言葉に反応し、男の行動を止めようと強く願ったらしい。その弾みで『聖女の奇跡』が発動した。
仮にも奇跡なんてものが弾みで発動していいのか、と疑問は浮かぶがともかく後回しである。
「ありがとう、フィーネちゃん」
今は男の対処が先決だ。
すぐさま冨岡はナイフをはたき落とし、言葉を続ける。
「俺はアンタの家族に手出しなんかしませんよ。俺は俺の守りたいものを守りたいだけだ。アンタの雇い主とは違う。俺の背後にいるキュルケース家だってそうだ。あと、守りたいものがあるんなら、簡単に死ぬな! 遺された人がどんな思いを抱えて生きていくのか、ちゃんと想像しろ!」
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