第200話 家族のために

 甘言という言葉の通り、冨岡は男を甘い蜜で誘う。

 倍額を提示された男は何も答えられずに停止した。

 様々な疑問や感情が入り乱れ、何が正しいのかわからなくなる。

 冨岡の提案は本当なのか。結局金を払うのであれば大人しく払わなかったのは何故か。そもそも、この屋台に金貨二枚もあるとは思っていなかった。想定していたよりも多い金額を握らせ、自分に何をさせようというのか。

 男の戸惑いが手に取るようにわかる冨岡は、さらに追い討ちをかける。


「こんなことを言いたくはありませんが、この屋台の背後にはキュルケース公爵家がついています。俺の話を断って、屋台に手を出そうものなら・・・・・・どうなるか分かりますよね?」

「こ、公爵家だって? そ、そんな話聞いてねぇぞ・・・・・・」

「金貨一枚くらいで人生を捨てていいんですか? お金が必要だった事情もあるでしょうし、ここは金貨二枚で俺についた方が得策だと思いますよ」

「くっ・・・・・・」


 虎の威を借る狐。まさしく狐のような所業だ。当然、キュルケース家と屋台は何も関係がない。しかし、公爵は富岡に恩義を感じているだろう。屋台が襲われたとなれば、黙っていないだろうことも予想できる。全くの嘘というわけでもなかった。

 おそらくこの世界では最弱レベルの冨岡だからこそ打てる手。それがこの揺さぶりであった。

 一見すると無茶にも見えるこの作戦が成功したのは、男が金に困っていたからだろう。

 何はともあれ、結果として作戦は成功した。


「わ、わかった。俺はアンタにつく・・・・・・だから、家族には手を出さないでくれ」


 男は軽い怯えを見せながらそう答える。

 言っている意味がわからず、冨岡は首を傾げた。


「家族? いや、俺は・・・・・・」


 冨岡が疑問を抱くと、背後からアメリアが小さな声でこう説明する。


「貴族様の名前を出されたからですよ。貴族に逆らえば家族すらも罪に問われるものですから。私たち庶民にとって、貴族様の名前はそれほどに大きいのです。それになんとなくですが、この方は家族のためにお金が必要だったのではないでしょうか」

「家族のために?」


 冨岡が聞き返すと、アメリアは優しく頷いた。


「金貨一枚はもちろん大金ですが、罪を犯すことに見合っているとは言えません。また、この方の話を聞いていると、人を傷つけることに何も感じないわけではなさそうです。それなのに目的を遂行する確かな意思を感じました。トミオカさんもそうではないですか?」

「確かに・・・・・・」


 アメリアの言う通り、男は何がなんでも目的を遂行しようと焦っていたように見える。また家族のためにあっさり折れた。

 家族のために金が必要だったという可能性は高い。

 だからと言って全てを許せるわけではないが、冨岡は男に問いかける。


「お金が必要だったのは、家族のためですか?」

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