第153話 悲しきモンスター

 謎のこだわりに対して、抵抗する必要はないな、と冨岡は苦笑しながら受け入れる。どうせ『トミー』と呼ばれるだけの話だ。

 二人の会話を聞いていたホースはもちろん眉間のシワを深くしてスプーンを握りしめていたが、この際見ないようにする。


「じゃあ、トミーと呼んでください。ローズ」


 冨岡はそう答えてから再びホースに話しかけた。


「それじゃあ、今日はここで失礼しますね。その容器に入った液体は俺の国で最も有名なお茶です。良かったら召し上がってください」

「ぐぎぎ」


 ぐぎぎじゃないんですよ、ホース公爵様。話を聞いてください。

 心の中で呟きながら、冨岡は再度挑戦する。


「俺は帰りますからね? いいですか?」

「ぐぐぐぐ」

「もう、話を聞いてください」

「ぬぬぬぬぬ」


 悲しき娘大好き一音しか発せられないモンスターになってしまったホースにため息を贈り、そのまま帰ろうか、というタイミングで夫人が口を開いた。


「少しお待ちになってください。トミオカ様・・・・・・でしたね。これほどお世話になった方をそのまま帰らせるわけにはいきません。せめて、ダルクに送らせましょう。ダルク、フォンガ車の用意を」

「かしこまりました」

「主人のことはお任せください。元々、ローズを愛してやまない方でしたが、今日これほどまでにローズの気持ちを知って多少、舞い上がっているだけでしょう」


 そう話す夫人の言葉に疑問を抱く冨岡。

 多少とは。舞い上がるとは。ほとんど錯乱じゃないですか。

 それでも言葉を飲み込み「そうですか」と返す。

 すると夫人は優しく微笑んで、ローズとホースを交互に見た。


「これほど楽しそうなローズを見たのも、これほど感情的になる主人を見たのも久しぶりです。いえ、もしかするとこれが普通の家族なのかもしれません。でも私たちにとっては特別な時間でした。本当にありがとうございます。主人に代わって、最大の感謝をトミオカ様へ」


 夫人は目の前で手を合わせると、神にでも祈るのだろうかという状態で冨岡に頭を下げる。


「ちょ、やめてください。俺は俺のしたいようにしただけですから」

「それでも、私はこの恩を忘れません」


 感謝を述べ続ける夫人に対してどう返答すればいいのか、冨岡が困り始めた頃、ちょうどよくダルクが「車の用意ができました」と戻ってきた。


「じゃあ、俺はこれで。あ、そのお茶の名前は『緑茶』です。口に合わなければ残してください」


 冨岡が帰る頃にはホースも正気を取り戻しており、先程までのモンスターはいない。


「そうか、それではまた店か教会に伺わせてもらうよ。トミオカ殿の話はその時に・・・・・・」

「はい、じゃあお願いします」

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