第152話 特別な呼び名

 その優しさがローズを『偏食でわがままな令嬢』にさせていたのである。

 誰よりも先に冨岡が気づいたのは冨岡自身、同じような思い出を持っているからだ。

 親がおらず源次郎に育てられた冨岡。血のつながらない孫として冨岡を育てるために、源次郎は無理をしていただろう。慣れぬ子育てをしながら仕事をする。それがどれだけ大変なことだったか、そんなことは源次郎にしかわからない。

 今となれば多少の想像はできるものの、当時の冨岡には『寂しい』としか思えなかった。そう思って反発しそうになったこともある。だが、仕事で疲れ果てている源次郎に「寂しい」ということはできなかった。

 その結果、冨岡は小学校で友達と大きな喧嘩をしたり、少し危ないことをして怪我をしたりしてみた。全ては源次郎の気を引くためである。

 子どもにとって寂しいということがどれほど悲しいことなのか、冨岡は身を持って知っていた。

 だからこそ、ローズと一緒に遊び、料理をし、彼女が抱えていた思いを吐き出せる場面を作り出したのである。

 そして遂に親子の心が邂逅。

 ローズはひたすらに涙を溢れさせていた。


「ううっ・・・・・・お父様! お母様!」

「いいんだ、ローズ。もう我慢しなくていい。私たちはいつでもお前を愛してる。いつまでもお前を愛している。寂しければ私たちに言ってくれ」

「ええ、そうよ。私はいつまでもあなたの母。何よりも大切な宝物なのよ。もっと甘えて頂戴」


 それに釣られて背後のダルクも涙を零す。

 冨岡も思わず泣きそうになるが、ギリギリで堪えてリュックから緑茶のペットボトルを取り出した。


「さて、せっかくの時間ですから家族水入らずでお過ごしください。俺は屋台に戻りますので、こちらだけ置いていきますね」


 冨岡がそう言うとホースが慌てて止める。


「待ってくれ、トミオカ殿。あなたのお陰でローズの心を知ることができた。ぜひお礼をさせていただきたい。トミオカ殿の要件を聞かせてくれないか」

「いえ、また後日で大丈夫です。じゃないと、ローズお嬢様に恨まれそうですからね」


 答えながら冨岡が微笑むとローズは頬を赤らめながら、ぼそぼそと何かを言う。聞き取れなかった冨岡が「ん?」と返すと少し間を開けてからローズは恥ずかしそうに口を開いた。


「だから・・・・・・もう、お嬢様はいらないわ。ローズでいい・・・・・・だって、あなたは私の講師なんでしょ? ローズと、そう呼んで」


 たとえ講師だとしても公爵令嬢には『様』をつけるものではないか、と苦笑する冨岡。

 何かを察して眉間にシワを寄せるホースと、逆に「あらあら」と口元を押さえる夫人。

 あらあら、じゃないですよ。やめてください、夫人。ホース公爵様もムキにならないでください。

 無駄に心労を抱える冨岡だったが、ローズが心を開いてくれたことは素直に喜ばしい。ホースの視線は痛かったが、ローズの感情を優先させる。


「わかりました。じゃあ、ローズは俺のことを名前で呼んでください」

「トミオカ・・・・・・よね。でもその名前は他の人も呼んでるわ。そうね・・・・・・トミーと呼ばせて。そして他の人にそう呼ばせちゃダメよ」

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