第150話 心を掬う

 もちろん、二人ともオムライスどころか米を口にしたことなどなく、ホースと同じように目を輝かせて美味しさを表現した。


「なんでしょう、この爽やかながらしっかりとした味。いくらでも食べられそうですね」

「美味しい・・・・・・美味しいわ!」


 オムライスの美味しさに喜ぶあまり口の端にケチャップが付いていることには気づかないローズ。背後で控えていたダルクが横顔でそれに気づき、ハンカチを取り出した瞬間、ホースがダルクに手を伸ばしハンカチを受け取った。

 常に気を回している執事とほとんど同じタイミングで気づいたのは愛情がゆえだろう。


「ほら、ローズ。こっちを向いてごらん」

「え?」

「口にトメイロのソースが付いているよ」


 言いながらホースはケチャップを拭った。こうして見ると普通の親子である。公爵の父とわがままな令嬢とは思えない。ごく普通の親子だ。

 口を拭われたローズは少し恥ずかしそうにちょこんと座っている。


「焦らなくてもゆっくり食べればいいよ。今日はもう予定がないから・・・・・・」


 ホースはそこまで言ってからあることに気づいた。

 そういえば、元々ローズは食べるのが早い。周囲から偏食だと聞かされるまで、むしろ食べることは好きなのだとさえ思っていた。

 彼女が偏食と言われてもホースがすぐに信じられなかったのは、食事の時喜びながら素早く食べるローズの姿を見ていたからである。

 どうしてそんな彼女が偏食になってしまったのか。

 一番に気づいていた冨岡は、ホースがその理由にたどり着いた瞬間を見逃さない。


「ホース公爵様」


 名前を呼んだのは、思考する間を与えるためだった。頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまうと、伝えたいように伝わらないことがある。そう考え、冨岡はホースに話しかけた。

 そんな冨岡の考えすらも見透かしたようにホースは優しく笑みを浮かべる。


「ありがとう、トミオカ殿。気を遣わせてしまったようだね。私は見ているようで何も見えていなかったらしい。ローズをそうさせていたのは・・・・・・私か」


 ホースは言いながら視線でローズを愛おしむ。

 公爵令嬢らしくあらねばならない、という幼いながら感じていたプレッシャーがローズにわがままを言わせていたのだろう。偏食という評価を下されるまでに食の喜びを奪ってしまっていたのだろう。

 自分たちがそれを求めずとも、周囲からの扱いが彼女を追い詰めていたのだと気づく。

 様々な感情がホースの中で湧きあがり、思わず目頭が熱くなった。それでも涙など見せずに微笑みながらホースは何とか言葉を紡ぐ。


「ローズ、オムライスは美味しいかい?」

「はい、とっても! とても美味しいです」

「そうか、それはよかった。いいかい、ローズ。今日はもう私に予定はない。食べるのを急がなくても、ずっと一緒にいるよ。だからゆっくり食べなさい。トミオカ殿が・・・・・・いや、せっかくお前が初めて作ってくれた料理だ。私もゆっくり味わって食べたい。この穏やかで愛おしい時間を早く終わらせてしまうなんてもったいないじゃないか」

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