第145話 格別で、特別な優しさ

 他人からの評価はわがまま。しかしその実、他人の顔色を見ながら生きている。一見矛盾しているようにも感じるが、未成熟な彼女に一貫性を求める方が可笑しいだろう。

 生まれながらにして公爵令嬢だったローズは、嘘か本当かわからない言葉の中で育った。そのどこかで人を信じられない出来事でもあったのだろう。その結果、他人の顔色を窺う癖を身につけ、わがままという発散方法を得た。

 そんなローズの様子に気づいた冨岡は彼女の隣で膝を着き、優しく語り掛ける。


「大丈夫ですよ、お嬢様。ホース公爵様も公爵夫人様も、心から喜んでおられます」


 冨岡の言葉を聞いたローズは、自分の心を見透かされたように感じて動揺してしまった。


「ど、どうして・・・・・・」


 その言葉に続くのは『どうしてわかるの』だろう、と推測できる。


「簡単な話ですよ。勘や想像ではなく、考えればわかることです。ホース公爵様はこれまでローズお嬢様の偏食や他人への接し方をどうにかしようと数々の手を打ってこられました。しかし、俺が呼ばれたということは治っていないということ」

「え、ええ・・・・・・そうね・・・・・・って、私は別に病気ってわけじゃないだから!」

「偏食は一応・・・・・・じゃなくて、大切なのはホース公爵様が押し付けるようなことをしていないってことです」


 冨岡が言うとローズは首を傾げた。


「そうね。でもそれは・・・・・・お父様が優しいからでは?」

「正解です、ホース公爵様は優しい。ではどうして優しいのかわかりますか?」

「えっと・・・・・・私が娘だからで」

「難しい話かもしれませんが、親子だからといって無条件に優しくできるわけではありません。こんな悲しい話をローズお嬢様に聞かせるのは気が引けますが、人の上に立つ者として知っていてください。誰かに優しくされることは当り前ではないんです。それがたとえ、肉親だとしても。俺の世界・・・・・・じゃなくて国でも、金のために我が子を売るような時代があったそうです」


 そんな言葉を聞いたローズは難解な話だと感じながらも、真剣に聞いている。


「お金のために自分の子どもを?」

「もちろん、どうしようもない事情はあったでしょう。そうしていかなければ生きていけなかった、またそうすることが幸せにつながった状況もあったと思います。見ていない俺が全てを語ることはできませんが、何かを押し付けずに成長を促すという優しさは十分すぎるほど格別で、特別なものだと思いますよ。それはとびっきりの愛だと思いませんか? そこまでお嬢様を愛しているホース公爵様や公爵夫人様が新しい挑戦を叱ることなんてありえません。一度俺を信じてくれたのですから、自信を持って料理をご紹介してください」

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