第144話 夕食の刻

 冨岡が自分の言葉を伝え終えたタイミングでダルクが厨房に戻ってくる。


「確認を取ってまいりました。旦那様は呼びつけた商人たちと会合をなさっていましたが、トミオカ様からのお言葉を伝えた結果、今すぐに時間を取るとのことです。現在は奥様と一緒にお部屋におられます」


 それを聞いたローズは一気に緊張の色を強めた。


「お父様もお母様もお忙しいのに・・・・・・あなた、ダルクに何を伝えたの?」


 問いかけられた冨岡は優しく微笑んで答える。


「普通のことしか言ってませんよ。ローズお嬢様が初めて作った料理をぜひ食べていただきたい、と」


 これは半分嘘だ。冨岡はダルクに『ローズお嬢様の心を開くために、どうしても時間をつくるよう』言づけたのである。

 詳しい理由までは伝えていないが、今この瞬間がローズの心を開く好機であることは間違いない。

 それを聞いたローズは平静を装うとするが、口角が上がり喜びは隠しきれなかった。


「ふ、ふーん。そう、お父様とお母様が・・・・・・」

「それじゃあ、オムライスをお持ちしましょうか」

「あ、待って、二人分はソースをかけたけど、もう一つ残ってるわ」

「いいんですよ。さぁ、行きましょう」


 そう言って冨岡はダルクに配膳用の手押し車を用意させる。オムライスと冨岡のリュックを乗せるとダルクの案内でホースの部屋に向かった。

 目がチカチカするほど豪華な廊下を通り、進んでいくと既に扉の空いている大きな部屋がある。


「こちらです」


 ダルクはついてきていた冨岡にそう言うと扉の前で入るように促す。

 部屋に入ってまず最初に冨岡の目に映ったのは、ホース公爵とその夫人、そして真ん中に今よりも幼いローズが描かれている大きな肖像画だった。

 部屋全体がその肖像画に合わせて造ってあるかのようで、色彩や配置は統一感がある。

 冨岡とローズがほとんど同時に見えたところで、ダイニングテーブルの前に座っていたホースが立ち上がって迎えた。


「おお、トミオカ殿。私たちに料理を作ってくれたそうだね」


 まずはローズに話しかけてほしかったな、と思いながら冨岡は言葉を返す。


「ええ、ローズお嬢様に手伝っていただきながら」

「ほう、ローズが? それはすごい。ローズが私たちに料理を・・・・・・そんな日が来るとはな」


 言いながらホースは隣にいる夫人に話を振った。夫人はにこやかに頷く。


「ええ、本当ですね」


 そんな二人の反応を窺うローズ。彼女は『料理をしたことで怒られないか』という不安を抱えていた。娘が料理をして怒る親は少ないはずだが、確かに公爵令嬢らしくない行動ではある。

 公爵令嬢らしい振る舞いを求められてきたローズならば当然の反応かもしれない。

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