第136話 もう必要ない

 その説明を聞いていたのはローズだけではない。執事のダルクはもちろん、料理人たちも食い入るように聞いていた。

 味ではなく栄養から料理を考える。そんな発想が物珍しいのだろうか。

 偏食と聞いているローズのことを考えれば、卵だけでなく様々な栄養素をバランスよく摂取してもらう必要がある。元々料理を作るつもりだった冨岡はリュックの中に様々な食材を詰めて持ってきた。

 その食材も本来はこちらの世界で販売する新メニュー開発のために持ち込んだ物である。

 リュックの中を覗きながら冨岡がローズに問いかける。


「それで、どんなものが食べたいですか?」

「どんなもの・・・・・・そもそもあなたが作れるものが私には想像できないわ」

「具体的じゃなくてもいいですよ。例えば、肉系がいいとか、魚系がいいとか」


 冨岡が言うと、ローズは少し考えてから卵を指さした。


「じゃあ、それを使った何か・・・・・・そうね、メインはお肉じゃないものがいいわ。その上、見た目も華やかで美味しいものよ」


 ローズの言葉を聞き、冨岡は頷いているがダルクを含めた他の者は驚いて絶句する。

 何を作ろうか考えている中、その独特な空気を察した冨岡はダルクに問いかけた。


「ん? どうしたんですか? 皆さん『ありえない』みたいな顔して」

「そ、それはそうですよ。ローズお嬢様が食べたいものを素直に仰るなんて、これまでありませんでしたから」


 そう言われればそうだ。確かにローズは『偏食』や『ほとんど何も食べない』と言われている。素直に食べたいものを教えてくれたことに違和感を覚えるのも当然だ。

 冨岡がローズの顔を覗き込むと、彼女は唇を尖らせて言う。


「あなたが作ったハンバーガーをお父様の前で食べきってしまったのだから、もう『食べない』必要はないのよ。それならいっそ、美味しいものを作ってもらったほうがいいじゃない」

「それって・・・・・・」


 そこまで言葉にして冨岡は口を噤んだ。まだ『それ』を言うべき時ではない。そう考え、冨岡は「そうですね」と続ける。


「じゃあ、卵を使った華やかで美味しいものを作りましょう。メインじゃなければ少しだけ肉を使ってもいいですか?」

「ええ、少しなら」

「わかりました、それでは始めましょうか」


 冨岡はそう言ってから木製のボウルを調理台の上に置いた。卵をパックから取り出し、その中に割り入れていく。

 それを見ていたローズは子どもらしい表情を浮かべていた。なにをするのだろう、なにができるのだろう。そんな気持ちを輝く目が表している。

 そこで冨岡は思いついたことをそのまま言葉にした。


「ローズお嬢様もやってみますか?」

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