第137話 卵の割り方

「え? いいの?」


 嬉しそうに両手を胸の前で握り、口角を上げるローズ。

 やはり彼女は『一緒になにかをする』という言葉に弱いらしい。それも寂しさや孤独に由来するものなのだろう。

 そんなローズの反応を聞いた周囲の者は再び驚愕した。


「ローズお嬢様が?」

「まさか」

「そんなことさせていいのか?」


 お嬢様を気遣いながらも距離を感じる周囲の声。これがローズを高い塔の上で、もしくは部屋の隅で独りぼっちにしているのだろう。

 既にその空気感を察している冨岡は聞かぬフリをしてダルクに話しかける。


「ダルクさん、踏み台みたいなものありますか? お嬢様には調理台が少し高いと思うんですよ」


 八歳にしては少し背が高いローズだが、大人用の調理台には届かない。背伸びをすれば、覗くことはできるが何か作業できるほどではなかった。

 冨岡に依頼されたダルクは、慌てて料理人たちに指示を出す。さらに料理人たちは序列に従って伝言ゲームのように一番下に指示を出して木製の踏み台を用意させた。

 どうやらこの踏み台の本来の用途は棚の高いところにある物を取ること。大人用に作られているので安定感も耐久性も抜群だ。

 冨岡はローズの手を取ると優しく踏み台に乗せる。


「はい、どうぞ」

「え、ちょっ・・・・・・」


 戸惑いながらもローズは踏み台に乗って調理台の前に立った。突然男性に手を握られるなんて経験のないローズは、耳まで真っ赤にするがそんな緊張よりも新しい世界への興味が勝る。

 踏み台の上から見る世界は、いつもよりも広くて輝いて見えた。ただ視点が高くなったことで見える範囲が広がっただけではない。私はしたいことを望んでもいいんだ、という気持ちが彼女の心を軽くさせる。

 わかりやすくワクワクしているローズに冨岡は手を洗うように促した。

 料理の一歩目は清潔にすることである。

 手を洗い、踏み台に戻ってきたローズに卵を手渡してボウルを差し出す。


「じゃあ、卵をこの中に割り入れてください」

「わりいれる? えっと、こうかしら」


 そう言いながら卵を持った右手を振り上げるローズ。冨岡を含めた周りの大人たちが一斉に声を上げて止めた。


「ちょちょちょ! 待ってください! 絶対にそうではないです」


 冨岡が言うと彼女は頬を膨らませる。


「やり方がわからないんだから仕方ないじゃない。じゃあ、どうすればいいのよ」

「そうですね。俺が悪かったです。こうして、卵の殻にひびを入れて、手でやさしく割るんですよ」


 一つ卵を割って見せるとローズは再び目を輝かせた。


「卵ってこうなっているのね。料理されたものしか見たことがなかったから、なんだか不思議な感じだわ」

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