第100話 割りばし

「もう食べられるの?」


 お湯を入れたことで食べ物としての香りを放ったカップ麺に首を傾げるフィーネ。

 カップ麺を知らなければ『お湯を入れて三分』なんて言葉も知らないだろう。冨岡は微笑んで首を横に振った。


「まだだよ。蓋をして少し待つんだ」


 言いながら冨岡は蓋を閉じ直す。もちろん、この世界にはお湯を入れるだけの食べ物など存在しない。スープはあるものの、具材を煮込んで作るものだ。火にかけないことを不思議に思うのも無理はない。

 得意げな表情を浮かべる冨岡とカップ麺を交互に眺めながら、アメリアは感心したように頷く。


「本当にトミオカさんが持ってくるものは不思議ですね。物だけじゃなくて発想も・・・・・・お湯を入れるだけで完成する食べ物があるのなら、革新的すぎるくらいですよ。旅の途中でもお湯さえ沸かせば食べられるもの。値段にもよりますが、冒険者は揃って買いに来ると思います」

「そっか、これも売れるのか。値段で言えば、そうですね銅貨二枚くらいですよ。冒険者用に販売するのもありですね」


 アメリアの言葉から商売のアイデアを得る冨岡。この世界で求められる商品を集めてセレクトショップのように販売するのも悪くはないか、と心に留める。

 そんな話をしているとお湯を入れてから三分が経過し、カップ麺が完成した。お湯を入れてからの三分はいつもよりも長く感じるもの。お腹が空いていれば尚更だ。しかし会話をしていればそれほどでもない。

 冨岡は備品の中から割り箸を取り出し、それぞれにカップ麺を配る。


「火傷しないように気をつけてくださいね」


 言いながら割り箸を割ると、アメリアとフィーネが同じように硬直していた。


「え?」

「え?」


 同時に浮かんだ疑問符に気づき冨岡は何気なく問いかける。


「あれ、食べないんですか? 変な物じゃないので大丈夫ですよ」


 するとアメリアは手渡された割り箸をまじまじと眺め、聞き返した。


「あの、これは一体・・・・・・短い棒を縦に割るんですか?」


 そこで冨岡は『箸』という文化が存在しないことに気づく。


「あ、そっか。これは箸と言って食器の仲間なんです。二本の棒で食べ物を掴んで食べるんですけど、使うのには少し練習が必要なんですよね。そっかそっか、フォークでも掬って食べられるので用意しますね」


 箸を知らなければ割り箸を知るはずもない。

 冨岡がフォークを用意している間、アメリアとフィーネは「橋?」「川にかかってる?」と同音異義語の話をしていた。

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