第83話 小麦色の握手
そんな冨岡の気持ちを察したのかメルルは笑顔を浮かべる。
「大丈夫ですよ、トミオカさん。パンが売れることは私にとっても嬉しいことです。この流れを逃すわけにはいきませんもんね。その代わり、今回の料金は割高にしてもらいますよ?」
「メルルさん・・・・・・ありがとうございます」
「それに取りに来る時間もないでしょうから、私持って行きますよ」
胸の前で拳を握り締め、メルルは前向きな気持ちを見せた。
「いいんですか?」
「もちろんです。トミオカさんのパンは私にしか焼けないのでしょう? だったら、ちゃんと私を信頼して任せてください。冒険者ならこのことを『相棒』と呼ぶらしいですよ」
そう言ってメルルは右手を開いて差し出す。
青春くさい状況だが、冨岡は心が沸き立つのを感じた。これが情熱なのだろう。チャンスとピンチが同時に訪れた現状を乗り切る仲間。頼れる相棒。
冨岡はメルルの右手を握り、頷いた。
「はい、よろしくお願いします、メルルさん!」
「そうと決まればパンを焼いてきます。トミオカさんは屋台に!」
相棒と握手を交わした冨岡は即座に振り返り、来た道を戻る。幸いなのは大通りの人々は屋台が引き連れていったため、空いていて走りやすいことだ。
自分がいない状況でアメリアたちが苦労しているはずだ、と冨岡は急ぐ。流れる汗も気にせず、足の疲れも忘れ走り続けた。さながらメロスだ、待ってろセリヌンティウスなどと意味のない心の呟きを置き去るような速度。
足が限界を感じ始めた頃、ようやく広場が見えてきた。その周辺には人が溢れ、屋台が見えないほどである。
早く人員整理をしなければとんでもないことになる、と慌てる冨岡だったが現実は想像と違った。
「あれ?」
客たちは礼儀正しく一列に並んで円を描くように屋台を取り巻いている。新しく並び始める人は、しっかりと列の一番後ろに並び横入りなどはしない。
現代日本よりも綺麗な行列だった。
「ちゃんと並んでるし、問題なく列が進んでる? しかもゆっくりと」
疑問を抱えながら冨岡が列の中に入っていく。
「すみません、店の者です。通してください」
人を掻き分けていくとカウンターの中で商品を手渡すアメリアと、屋台の外で注文を聞くフィーネが見えた。
「しっかり並んでくださーい」
列の乱れを正すフィーネ。こんな小さな子に注意されたのであれば従わざるを得ないのだろう。その上で、アメリアが商品を渡す時にあえて時間をかけていた。
「それではハンバーガー二つで銀貨一枚です。今後ともよろしくお願いしますね」
ゆっくりと話すことで時間を稼いでいるのだろう。
「そうか、俺が戻ってくるまでの時間を・・・・・・それにフィーネちゃんが声をかけることで、列のストレス、苛立ちを態度に出せないようにしている。どこでこんな技術を」
驚いた冨岡が呟いていると、そんな冨岡に気づいたアメリアが微笑みかける。
「お帰りなさい、トミオカさん」
「アメリアさん、お待たせしました。って、めちゃくちゃスムーズに販売してくれてて正直驚きました」
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