第82話 パン補給!性急!
そのまま冨岡は地面を蹴るように踏み締めて駆けていった。こういう時、異世界チートものならば便利なのだろう、と無い物ねだりをしてしまう。
冨岡にあるのは祖父が遺した百億円。身体能力は並も並だ。
そんな素早くも遅くもない冨岡は、並の体力を振り絞りある場所へ向かっていた。
もうお分かりだろう。冨岡が向かっていたのはメルルズパンである。
移動販売『ピース』で売っているハンバーガーに対応できるのは、今の所メルルのパンだけだ。一度元の世界に戻ることも考えたが、買い出しに行くには最低でも二時間以上かかる。
メルルが明日用のパン生地を仕込んでいれば焼き上げるだけでいい。パン作りで時間がかかるのは寝かせている時間。焼く時間はそれほどかからないものだ。
「メルルさん!」
メルルズパンに到着した冨岡は名前を叫びながら入店する。
すると、中にいたメルルは身をこわばらせながら咄嗟に返事をした。
「ひゃ、ひゃい!」
「明日用に仕込んでもらっていたパン生地は出来ていますか?」
「ト、トミオカさん、どうしたんですかいきなり。もしかして、パンを全部ダメにしてしまったとか?」
メルルは持っていたパンを机の上に置いて、心を落ち着かせるように問いかける。
「違いますよ、そんな話じゃないんです。百個じゃあ足りなくて」
冨岡が言うとメルルは意味がわからず首を傾げた。
「足りなくて?」
百個も売れるなど想定していなかったのだろう。
「そう、足りなくて」
「え、ま、まさか百個以上売れそうなんですか? だって、私のパンですよ? これまでほとんど売れなかったんですから」
驚きと戸惑いでパニック状態になるメルル。売れないことが前提だったのには異議有りだが、そんな話をしている場合ではない。
「もう二百人くらい並んでいて、百個しかないとわかれば暴動が起きそうなほどなんです。今から新しくパンを焼くことは可能ですか?」
「そんなにですか。それならちょうど二回目の寝かせが終わったところですので、焼くことはできますが」
メルルの言う『二回目の寝かせ』とは『二次発酵』のことである。パン作りで最も時間のかかる工程は終わり、残りは『焼成』のみ。
それならば百個売っている間に間に合うだろう。
「じゃあ、今すぐ焼いてください。焼き上がった頃に取りにきますから」
「ちょ、トミオカさん。数はどれくらいですか? 場所は?」
慌てている冨岡に対し、メルルは詳細な情報を求める。冨岡は急くあまり、何も伝えていなかったことに気づき、深呼吸してから落ち着いて話し始めた。
「今、この売れる流れを切りたくないので可能な限り焼いてください。そのまま明日の分の仕込みも多めにお願いします。場所は大通りを抜けたところの広場です」
「簡単に言いますけど、めちゃくちゃ大変じゃないですか・・・・・・とりあえず、今ある生地は全部焼いてしまいます」
「本当にすみません。屋台が終わったら手伝いに来ますので、お願いします」
まるでブラックな下請け作業だ、と申し訳なさを感じ表情に出る冨岡。
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