第78話 もう一押し
「何だあれ」
「屋台にしては大きすぎるし、見たことない顔だぞ」
「新しい店が出るって聞いてないぜ」
「派手な見た目してるな」
周囲からザワザワとそれぞれの感想が聞こえる。屋台の見た目に注目しているようだ。
そうして目を引くと、自然と顔がこちらを向く。そのための目立つ見た目だ。
好奇の視線を受けながら冨岡はゆっくりと大通りを歩いていく。
屋台の中ではアメリアが必死にハンバーグを焼いてはフィーネに指示を出していた。
「フィーネ、上下二つに切ったパンの下側を並べてもらえますか?」
「はーい」
フィーネは自分用の踏み台を使ってアメリアの手伝いをする。まだ包丁やフライパンを使うのは危険だと冨岡が判断し、簡単な手伝いだけだ。
もちろん、無理にさせているわけではない。フィーネが手伝いたいと言い出し、アメリアも将来のためと同意した。
そんな二人が放つ肉とスパイスの香りがこの作戦の肝である。
「さぁ、食らいつけ!」
冨岡は周囲を見渡し、人々の反応を伺った。
屋台の換気扇から溢れる煙が市場に香りを撒き散らす。既に大通りの市場には食べ物の匂いが充満していた。しかしそれは肉を焼いただけの匂いであったり、果物の匂いであったり、単純な食べ物の匂い。
肉とスパイスを掛け合わせた旨味の匂いに勝てるはずもないだろう。
嗅いだことのない強烈な匂いが周囲の人々の欲望を掻き立てる。抗いようのない『食欲』だ。
「なんか、いい匂いしないか?」
「ああ、嗅いだことのない匂いだ」
「何だ、これ」
「あの屋台からだ」
「旨そうな匂いがするぜ」
徐々に人々は冨岡の動向から目を離せなくなる。どこで、何を売るのか。それはどんな物なのか。人の原始的な欲求『美味しいものを食べたい』が無意識に溢れ出る。
そのタイミングを見計らっていた冨岡は空気を吸い込んで言葉に変換した。
「本日オープン、移動販売『ピース』です。これまでに食べたことのない最高の料理をぜひご賞味あれ!」
冨岡の言葉を聞いた人々は互いに顔を見合わせて、口々に話し合う。
「おい、料理だってよ」
「そりゃ、この匂いは食べ物だろうよ」
「食べたことのない最高の料理?」
「どうせ、言ってるだけだろ。いつもの店で食べようぜ」
「でもよ、めちゃくちゃいい匂いじゃないか」
興味もあり、食欲も刺激されているが新しいものだというだけで中々買うには至らないらしい。どうせ食べるのならば挑戦するよりも、いつも通りのものを食べた方がいいということだ。
あとひと押し。もう少し背中を押せば、客が来るはずだ。
ここで冨岡は現代日本では当然になっている販促方法を実施する。
「アメリアさん、試食のスタートです」
「はい!」
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