第77話 移動販売『ピース』

 朝食セットのようなパンケーキ・ベーコン・スクランブルエッグのセットを眺めて冨岡が笑う。

 パンケーキを主食に簡単な料理を合わせたプレート。だが、どこかごちそう感があった。


「これじゃあ、栄養が偏っているので野菜ジュースも持ってきましたよ」


 冨岡は紙パックの野菜ジュースからグラスに注いで二人に手渡す。糖分が多いとか、甘めのものが多すぎるとか色々な問題点はあるだろうが、何より空腹を満たすことが先決だ。

 明日からの屋台に備えて三人はパンケーキを食す。

 いつも通り目を輝かせて感動するアメリアとフィーネ。冨岡はそれを見ながら笑顔を摂取するのだった。やはり美味しいものは人を笑顔に変える。そして笑顔は人に伝播するものだ。

 冨岡の目指す形は『笑顔の輪』を広げるところのにあるのかもしれない。


 楽しさに包まれながら日が沈み、始動の朝が来る。

 教会学園計画に向けた本当の一歩目だ。


「さぁ、移動販売『ピース』始動開始です!」


 冨岡が屋台を引いて教会から出ようとすると、中からアメリアが問いかける。


「ぴーす?」

「平和って意味ですよ。安直ですけど覚えやすくて店名にはぴったりですよね」


 冨岡のネーミングセンスに疑問を感じながらも『ピース』は大通りに向けて進んでいく。屋台の中、調理場にはアメリアとフィーネが乗っている。

 屋台の移動を助けるための静音モーターが車輪の音に混じって聞こえてきた。

 大通りまでの道のりは窓から顔を出しているフィーネが案内してくれる。


「フィーネちゃん、落ちないように気をつけてね」

「はーい」


 そんな会話をしながら大通りに近づいた。もうすぐだというタイミングで冨岡はアメリアに合図を出す。


「アメリアさん、そろそろお願いします」

「はい、頑張ります」


 合図を受けたアメリアは換気扇のスイッチを押してから、ハンバーグを焼き始める。次第に香ばしい肉と混ぜ込んだスパイスの香りが屋台の外へと排出される。それと同時に肉の油が焼ける音が響いた。

 わかっていた冨岡ですら食欲を刺激される匂いと音。二つの感覚を誘惑する屋台はついに大通りに入る。

 大通りの市場は相変わらず朝から人通りが多い。だが、冨岡が屋台を引いて歩いているのを見ると通行できるスペースを開けてくれる。まるで海が割れるようだった。

 それは親切というよりも、大きな屋台が来て意味がわからないから離れているという感じである。自分に向かってくる視線が好奇であることはわかった。

 この世界では珍しいほどの白い外壁とハンバーガーのイラスト。目立つのは計算通りだ。


「ふっふっふ、いっぱい見てくれよ。見れば見るほど目が離せなくなり、気づいたら匂いの虜になってるぞ」

「トミオカさん、なんか悪い顔してる」


 フィーネにそう言わせるほど、計算通りだという表情を浮かべる冨岡。

 さぁ、ハンバーガーのお通りだ。

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